2010.8
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2010.6

7月1日はそんな一日。
2010.7.2|column

ツイッターは「ココロのカメラ」ですね。

カメラを持ち歩いているとき、ぼくは写真を撮るためによりよく世界を見ている自分に気づきます。反対に言えば、世界を「よく見る」ためにカメラはあるのかもしれない、とも。まもなく原美術館で個展がはじまる大好きな写真家ウィリアム・エグルストンの作品には、いつもそうした「まなざし」から生まれた新鮮な驚きが満ちあふれています。

いっぽうツイッターは…… そろそろ始めて半年になりますが、「つぶやく」ために世界に対してそれまでよりもすこしだけ自覚的な自分がいます。もちろんそれらはけっして「入魂の一枚」ではなくて、気軽に撮られたスナップ写真のようなものかもしれません。スナップとはいえ、でもしかし、そこには「撮りたい(=つぶやきたい)」と思わせる衝動がはたらいているのもまた、たしかです。

きのうから、ツイッターのまとめ機能というのを導入してみました。意味があるのかないのか正直まだよくわかりませんが、これはいってみればおおざっぱにクリップしたスナップ写真の束みたいのものかもしれません。一日一枚でも、ちょっと気に入っていただけるような「スナップ(=つぶやき)」があればよいのですが……。そして、もし興味のある方がいらっしゃれば、ぜひご自分でも「ココロのカメラ」としてのツイッターを試してみてください。

あらためて見返すと、自分で撮るよりも、誰かが撮ったものに反応していた一日だったみたい。7月最初の日は、そんな一日。

7月2日はそんな一日。
2010.7.3|column

毎朝すこしだけ(30分~1時間くらい)早起きする「マイ・サマータイム」をここのところ導入していたのだが、気づけばまたいつもの慌ただしい朝に逆戻りしている。原因のひとつは、ワールドカップ。テレビで面白いゲームがあるとついつい夜更かししてしまう。サッカーファンだったのか? と自分を疑ってしまうほど。

とはいえ、きょうはサッカーはお休み。いったいなにをしていたのやら…… どうやらうだうだ音楽を聴いていたらしい。数年ぶりに引っ張りだしてきた、リチャード・ハリスのアルバム『A Tramp Shining』がとてもよかったのだ。甘やかなオーケストラの伴奏を従えた英国人の役者がしわがれた声で歌うアルバム。たまたまこのCDを手に入れた10年ほど前のぼくには、その「古きよき時代」的なノリがあまりにも感傷的にすぎて受け入れられなかったのだ。以前にくらべて、いまは鳴っている音楽に自分の「周波数」を自然と切り替えられるようになったのではないか? どんな音楽を聴いてもたのしい、そんなふうに思える今日このごろ。

ここ数日、ひさしぶりに来店してくださるお客様がなぜか続いている。一年ぶりとか、あるいはもっと、一年半ぶりとか。うれしいことだ。ときどき、しばらく時間があいてしまうと敷居が高くなってしまって…… といった声を耳にすることがあるのだが、むしろひさびさに顔を見せてくれると、「ああ、まだ憶えていてくれたんだ!」と素直にうれしいのがお店をやっている人間に共通の心理じゃないかと思う。なので、地元の友人を訪ねるくらいの気持ちで足を運んでいただければうれしい限りだ。

そんななか、昨年『フィンランド 森の精霊と旅をする』の出版記念イベントをやっていただいた映画監督の柴田昌平さんが打ち合わせがてら顔を出してくださった。新作のドキュメンタリー『森聞き』は来年劇場公開されるとのこと。これで、NHKで放映された『世界里山紀行・フィンランド』とあわせて、ついに『森』三部作の完成?! 公開が楽しみ!

夕方前から怪しげな空模様に…… せっかくのお客様の流れが途絶えてしまう。けっきょくは、雨はまったくといっていいほど降らず、次第に客足も戻ってくれた。これからしばらく夏のあいだ、変わりやすい空模様を気にしながら店に立つことになりそうだ。

7月2日は、そんな一日。

7月3日はそんな一日。
2010.7.4|column

一寸先は闇。そんなひとことに集約できそうな、W杯「ブラジルーオランダ」戦。前半いかにも「王者」然とした余裕の攻めで相手を翻弄したブラジルが、後半同点にされたとたん一気にチームワークが崩壊、グズグズになってゆく様はある意味衝撃的ですらあった。そのまま、ちょっと呆気にとられながら就寝。

呆気にとられるといえば、きのうは週末とは思えないくらいヒマな一日だった。そこそこ人の流れはあるように見えるのに、足を止めてくれるどころかまったくこちらに視線さえ向けてくれない。言いかえれば、イケメンの友人と一緒に歩いているような、そんな孤独感(笑)。ところが、ほんの一瞬混み合ったそのときにたまたま常連のお客様がやってきて「悪態」をつかれたり(笑)。夜には、ぽろぽろ常連のお客様がご来店、そこそこ顔見知りということで和気あいあいと。暗い気持ち(?)を払拭してくれるひととき。和菓子職人見習いのみっちゃんが届けてくれた、青竹の筒に入ったお手製の水ようかん、おいしかったです。水ようかんの淡い甘さは、まさに湿気の多い日本の夏にうってつけだと思う。

図案作家アリタマサフミさんの「寝心地のいい図書館」というつぶやきも、ひまをつぶすには最高な妄想のタネ。よく晴れた日には芝生に寝ころんで読書できたり、冬には足湯につかりながら、夏にはピシャピシャと足で水を蹴りながら読書できる図書館とか、天窓があってフンデルトヴァッサーハウスのように床が平らじゃない図書館とか…… ヒマな日はたいていそんな毒にも薬にもならないようなことばかり、かんがえている。

夜は夜で、またもやテレビでサッカー観戦(ほんといつからこんなにサッカー好きになってしまったのか)。前回、そのよく練れたチームワークと素速い攻撃力でイングランドを撃沈したドイツが、マラドーナ率いるアルゼンチンとぶつかる注目のカード、観ないわけにはゆかない。というわけで、サッカーに始まりサッカーに終わる。

7月3日はそんな一日。

7月4日はそんな一日。
2010.7.5|column

漆黒のユニフォームに身を包んだ「黒ドイツ」が、マラドーナ率いるアルゼンチンを完膚なきまでに撃破。そんな具合に始まった7月最初の日曜日。

タイムラインを眺めるかぎり、どうやら世間は圧倒的に「アルゼンチン贔屓」な様子。そんななか自他共に認める「あまのじゃく」のぼくは、もちろんドイツを応援。イングランド戦でみせた速攻とはまたひと味ちがうクレバーな攻撃で魅了してくれた。一方的な展開にタイムラインの不満が募るなか、高校生のときからお店に来てくれている男の子が、じつは人形町の老舗ドイツパン店のせがれであることが判明。こういうところもまた、ツイッターの面白さでもある。応援しているチームの勝利にすこし気をよくしながら就寝。

そして開店。連日の寝不足ゆえか、お客様の「ご馳走様ー」の声を「お地蔵様ー」と空耳してしまう。気づけばやけにありがたい店になってしまったものだ。ところで、混んでいる時間帯とそうでない時間帯との落差が激しいきょうのような展開が、お店に立っていてもいちばん疲れる。ところがきょうは家族が用事で不在のため、家に帰ってから自分で夕食の支度をしなければならない。そこで、ツイッターで楽チンな晩ご飯のアイデアを募ったところ、「ジャコ炒飯」は? との返信が。カンタンであることは美しい。というよく意味のわからない理由で、即採用! 余った食材があるわけでもなく、そもそもなにを食べたいのかすらわからない、そんな徹頭徹尾「ノープラン」な状況のときには「クックパッド」よりもむしろ「ツイッター」のほうが役に立つ、と実感。23時すぎに、『情熱大陸』で松岡正剛を眺めつつジャコ炒飯とワンタンスープ、デザートに家族がもらってきたプリンを食す。

レコードでアストラッド・ジルベルトのソフトロック寄りのアルバム『September 17, 1969』をうだうだ聴きながら、今夜こそは早めに寝ようとかんがえているところに、連絡網(笑)から「レコ部」開始ゆえ部員集合との通達が…… 世界はなかなかぼくを寝かせてくれないのだった。

7月4日はそんな一日。

7月5日はそんな一日。
2010.7.6|column

けっきょく「レコ部」を聴き始めてしまったのだけど、よほど疲れていたのか30分もしないうちに眠ってしまったようだ。

それにしても暑い。湿度がとにかく、ひどいことになっている。歩いていると、まるで誰かが後ろから背中に「蒸しタオル」をあてているのではないかと思うほど…… どうやら妖怪<ジメジメボッチ>の仕業らしい(笑)。たったの10分歩いただけでも、自分のバッテリー容量がみるみるうちに減ってゆくのを感じる。これがあと三ヶ月ほども続くのかと思うと、憂鬱を通り越して苦痛としか言いようがない。

そして予想通り、ゆるゆるとした一日。夕方にはポツポツと雨も降りだして、こうなったらもうなかば「降伏状態」である。吉祥寺あたりは、強い雨は30分ほど降った程度だったのだが、すぐ北側にあたる練馬区から「ゲリラ豪雨」なんじゃないか、というつぶやきが多数あつまってくる。練馬区と吉祥寺のある武蔵野市とはほとんど「となりの部屋」くらいの位置関係なのに、かたや豪雨、かたや一滴も降っていないという、亜熱帯のスコールのようなことになっている。家に帰ってニュースをみたら、北区ではかなり被害もでたらしい。数年前、杉並区が「ゲリラ豪雨」に見舞われてて大きな被害をだしたとき、店から一歩も出ることができずようやく深夜になって家に戻れたのを思い出した。

とっと片づけ、とっとと退散。7月5日はそんな一日。

7月6日はそんな一日。
2010.7.7|column

定休日。起きたら雨です。蒸し暑いです(以上、なんちゃって「はっぴいえんど」調で)。きのうは妖怪<ジメジメボッチ>に取り憑かれたが、きょうはさながら妖怪<お湯かけババア>に襲わている感じ。いい加減この湿気、なんとかしてくれないかな、鬼太郎。

朝、家を早めに出て、鍼治療の前に区役所で「期日前投票」を済ます。今回は悩んだ。かなり真剣に悩んだ。将来的に消費税を上げるのはやむをえないとしても、それによってぼくらはどんな「見返り」を受けられるのか? 北欧型の「高福祉・高負担」は「見返り」がハッキリしているからこそ成立しているわけで、日本ではこのままだと結局またたんなる「年貢」で終わってしまう可能性が高い。それにぼくは、これまでの行いから日本の大企業は信用していない。法人税を引き下げて雇用確保に回してもらうつもりが、けっきょく大企業が焼け太りするのでは意味がない。長い目でみれば、やはり将来的に日本は「地方分権」を進めてゆくしかないのではないか? そんな視点で選んだつもりなのだが……。

午前中の早い時間に用事をふたつも済ませたので、気分がよくなってつい新宿へ。とりたえててプランがあるわけでもないので、ひとまず「ベルク」で落ち着く。その後、レコード屋でものぞくつもりで歩いていたところ、たまたま通りがかった映画館でロバート・アルトマンが1970年に撮った『バード★シット』という作品が公開中であることを知り、思わず入ってしまう。白状すれば、アルトマン監督の映画はこれまでなにひとつとして観ていないというのに、いったいなにに惹かれたのだろう!?

とはいえ、この『バード★シット』という映画、とても面白かった。空を飛ぼうとする人間は、はたしてその代償としてなにを失うのか? 「アポロ計画」に全米じゅうが沸いていた1970年、しかもその「総本山」であるヒューストンを舞台に、「イカロス神話」を思い起こさせるアイロニカルな「寓話」を紡いでしまうロバート・アルトマンというひとの気骨(というか勇気)に、まず感激する。ひとことでいえば、傑作。十数年前に、六本木にあったシネヴィヴァンのレイトではじめて『真夏の夜のジャズ』を観たときもそうだったが、見終わった後、もう一回観たいと思った。

けっきょく『バード★シット』のあまりのすばらしさに打ちのめされて、この日その後どんなふうに過ごしていたのかさっぱり思い出せない…… あ、レコード買ったんだった(笑)。

7月6日はそんな一日。

バード★シット
2010.7.7|cinema

とある休日、たまたま通りがかった映画館でちょうどロバート・アルトマン監督の『バード★シット』を上映していたのだった。その日はとりたててこれといった予定もなかったので、思わずふらりと劇場に入ってしまった。

とはいえ、ぼくは「ロバート・アルトマン」という名前こそ知ってはいたが、彼の作品は観たことがない。あの有名な『M★A★S★H マッシュ』でさえも。帰ってから調べたところでは、「『M★A★S★H マッシュ』で脚光を浴び始めたばかりのロバート・アルトマン監督による、カルト的人気を誇るブラック・コメディー」とある。1970年の作品。だが、もちろんそのときぼくは、この映画についてまったくなんの予備知識も持たないまま席に着いたのだった。

そしてこの『バード★シット』、おもしろかった! そこにあるのは、笑いと切なさと。ひとことで言えば、「傑作」である。十数年前、その当時六本木にあった「シネヴィヴァン」で初めて『真夏の夜のジャズ』を観たときもそうだったが、見終わったそのすぐ後に、もう一回くりかえし観たいと思った。そんな経験、そうめったにあるものじゃない。

空を飛ぶ人間は、それと引きかえにいったいなにを失うか?

この映画の舞台は、テキサス州のヒューストン。いわずと知れたNASAのお膝元である。しかもこの作品が撮られた1970年といえば、「アポロ計画」でアメリカじゅうが熱狂していたころ。そんな時代に、「空を飛ぶこと」を夢見る少年を主人公に、ブラックユーモアをたっぷりまぶしたこんな映画を撮ってしまうあたりロバート・アルトマンという人の「反骨精神」を感じずにはいられない。ヤクザな警察官やベタベタな敏腕探偵が登場したかと思えば、人類初のパイロット、アブラハム・ライト(120歳)が人格の崩壊した守銭奴として登場したり。しかも、最初に殺される人物は「イベントで国歌を披露するのが趣味」の大金持ちの老女である。権力者や富裕層、偽善者、墜ちた英雄、差別主義者、マッカーシズム…… これらアメリカの「影」の部分がこの作品のなかでは次々と光の下に曝され、無惨な最期を遂げるのだ。笑いと、そして鳥の糞(バード・シット)にまみれて。

一部、アメリカン・ニュー・シネマの世界ではこの作品を「カルトムーヴィー」と評するむきもあるようだが、ぼくはそうは思わない。「イカロスの神話」を持ち出すまでもなく、これはひとつの「寓話」である。

カメラワークの秀逸さ、さまざまな仕掛けの大胆さ、音楽の扱い方の巧みさもこの作品の重要なポイント。ひさびさに「熱く」なれる映画と出会った。

追伸 キノイグルー 有坂さま

以前記帳させていただきました「好きな映画リスト」ですが、新たにぜひとも加えたい作品ができましたので、次回機会がありますときに追加で記帳させていただけますようお願いいたします(笑)。

7月7日はそんな一日。
2010.7.8|column

前の晩、サッカーも「レコ部」もなかったおかげで45分早く起床(=マイサマータイム)。

時間が余ったのでひさしぶりにママス&パパスのアルバム『People Like Us』を聴いたのだけれど、えっ、これって、こんなによかったっけ!? おそらくこのアルバム全体からそこはかとなく漂ってくる感覚、哀しみ、倦怠感、甘い夢、切なさといったものが、いまじぶんが求めている感覚にぴったりだったからかもしれない。

というのも、きのう新宿で観た映画『バード★シット』の余韻がいまだにずっと残っているのだ。バード・シットというのはなんでも「鳥の糞」という意味だそうで、ということは、きのうからずっとぼくのアタマの中には「鳥の糞」がこびりついて離れないというわけだ。スタッフにも勧めまくるが、やはりというか、反応はいまひとつ(苦笑)。

夕方前からきょうもポツリポツリと雨が降り出し、夜には本降りに。「七夕」を梅雨のこの時期に設定した人間は、きっとかなり底意地の悪い人間にちがいない。夜、以前フィンランド語クラスに参加してくれていた生徒さんがふたり、元気な顔を見せてくれる。帰宅後、大あわてで眠る準備に入る。翌朝(3時半~)のサッカー「スペインvsドイツ」戦が観たいからだ。予定通り(?)23時半すぎにはむりやり就寝。

7月7日はそんな一日。

7月8日はそんな一日。
2010.7.9|column

予定どおり(?)キックオフの5分前、3時25分に起床。

W杯準決勝、ドイツースペイン戦を観戦。前半、いよいよ調子を上げてきたスペインのすばやいパス回しに翻弄されるドイツ。やはりMFのミュラーが出場停止というのが痛い。スペインも決定力不足ながら、なかなかドイツに攻めるチャンスをあたえない。実況に、クローゼやエジルの名前があがってこないのがその証拠。案の定、後半スペインに先制を許し、そのままずるずると終了。勝負はついたものの、どちらにとっても見せ場の少ないゲームとなった。

なんて、いかにもサッカー好きのようなコメントをしている自分がおかしい。一ヶ月前までは、サッカーなんてまったく観ていなかったのに。正直、オランダースペインの決勝は早起きして観るまでの興味はない。また4年後お会いしましょう♪

仮眠をとって仕事へ。終日、またもや「時差ボケ」のような睡魔とたたかうはめに。それにしても、サッカーの勝敗予想をするドイツの水族館のタコ「パウル君」、今回も見事的中させてしまった。これで的中率100%! しかし、今回は自国の敗戦を的中させてしまったのだから分が悪い。熱狂的なドイツのサポーターは、「サラダにして食ってしまえ!」「水槽にサメを入れろ!」とあらん限りの暴言を浴びせているらしい。かわいそうに。いっそ、移籍金10億円で日本の気象庁は「パウル君」を獲得すべきと思うのだが……。

夜は「DOMMUNE」で、おなじみ「レコ部」の部長こと常盤響氏のDJ。いつもの「レコ部」とはさすがにちがうと思わせておいて、後半、いつもながらの闇ナベ状態に突入。ファラオ・サンダースとドナルド・フェイゲンとサイキックTVと前川清&クールファイブが、けっしてたんなる「酔狂」ではなくひとつのフォーマットのなかで聴けるのは、まったく素晴らしいことだと思うのだ。ラストは「レコ部」ではおなじみ、〆の「お約束」" We've Only Just Begun"(通称「美顔」)をソニー・スティットの演奏で。もともとロジャニコの名曲だけど、著作権問題で一時休止に追い込まれた「レコ部」が再スタートする際、「これからまた始めましょう」というメッセージもこめて(?)かけられて以来、毎回エンディングはバージョン違いのこのナンバーがかかるのが「お約束」になっている。常連のリスナー(通称「部員」…笑)にとっては思い出深い曲なのである。しかし、その後まさかのロスタイムに突入。楽しい音楽の時間であった。

それにしても、今週はあまり働いていない。というか、働かせてもらってない。お願い!働かせてっ。

7月8日はそんな一日。

7月9日はそんな一日。
2010.7.10|column

45分のサマータイム。夏の間は自然と目がさめるので、勢いにまかせて「えい、やっ」と起き上がってしまえばいいけれど、秋になったらそうはいかないのだろうな。

それにしても、きょうも猛烈な湿気。ツイッターによると、ブラジルから東京にやってきたフォトグラファーが東京の湿気はアマゾン並みだと言っていたとかなんとか…… アマゾンのことは知らないが、さもありなんといった感じのこの湿気ではある。

そしてきょうもゆるゆると。夕方には雨も本降りになる。そんななか、鎌倉のカフェ・ヴィヴモン・ディモンシュのマスター堀内さんが顔を出してくださった。明日から目と鼻の先の距離にあるギャラリーでおこなわれる展示にお手伝いとして参加されるのだそう。先日発売になったアルトゥール&サブリナのCDプロデュースといい、まさに八面六臂の活躍ぶり。エネルギッシュなのに、そんな気配をまったく感じさせないところはいつもながらさすがです。

閉店後、いつものようにフィンランド語教室を開催。参加者のみなさんが勉強中、ぼくは雑誌『カフェ&レストラン』の連載コラムのためのアイデア出し。テーマがむずかしいので切羽詰まってきたのだ。そのテーマというのは、トイレ。トイレだけで原稿用紙6枚強…… ほんとうに書けるのでしょうか?(笑) そんなわけで、ずっとトイレのことばかり考えている。

7月9日はそんな一日。

雑誌「DIME」2010 No.14
2010.7.10|publicity

発売中の雑誌「DIME(ダイム)」2010.14号にmoiが掲載されています。

巻頭見開きの特集「セルフハンドメイド・カフェで趣味を究める!」の中で、手紙を書けるカフェということでのご紹介になります。しかし、「はんだづけカフェ」ってスゴイですね。もはや「カフェ」の定義がわからなくなってきました(笑)。ほかにも、ユニークな「カフェ」(たぶん)がたくさん。

書店等で見かけられたらぜひお手に取ってご覧いただければと思います。

7月10日はそんな一日。
2010.7.11|column

ここのところずっと、煮詰まった感じが続いている。

そんなとき、閉店の片づけをしながら流していたラジオでちょっと印象に残る話を聞いた。しゃべっていたのは、どうやら若手の歌舞伎役者のようだった。なにかの演目の一場面に、満開の桜の木を指さす場面がある。その場面を稽古していたところ、その様子を見ていた祖父(たぶん名優)がおもむろに稽古を止め、彼にこう尋ねる。

「その桜はどこの桜だ?」

一瞬、答えに詰まると祖父はこう言ったのだそうだ。自分がこの場面を演じるときはいつも、自分がいままで見たなかでもっとも美しく感動した桜の木を思い浮かべて、それを「指さして」いるのだ、と。演技とはいえ、指をさす先に本当に美しい「桜」を「見ている」か否か、それによって観客に伝わるものも変わってくるのだ、それが祖父の「教え」だった。そして若い歌舞伎役者はこう結ぶ。「だからぼくら役者は、美しい花やきれいな音楽といった最上のものに常日頃から触れ、感動しなければならないのです」。

問題は、きっとインプットとアウトプットの不均衡にある。歌舞伎役者のような「表現者」ではないけれど、ここのところの「閉塞感」の一端もあるいはそこにあるのではないか、ホウキ片手にラジオを聞き流しつつぼくはそんなふうにかんがえたのだった。

旅に出よう

不意に、そう思った。ふりかえれば、仕事後に飲みにゆくワケでもなくただただ毎日9時に家を出て22時に帰る、ひたすらその繰り返し。週一回の休みには、もちろん遊びにでかけもするが、たまった事務仕事を片づけたりもする。自営業なんて所詮そんなものだから仕方ないのだが、やはりせめて半年に一度くらいはいつもとちがった景色も眺めてみたい。

というわけで、まったく唐突にいま旅支度をしているところ…… 7月10日はそんな一日。

7月11日はそんな一日。
2010.7.12|column

格安チケットが入手できたので、旅に出ることにした。

旅行にゆくと言うと「いってらっしゃい」と言われるのに、旅に出ると言うと「ちゃんと帰ってきてくださいねー」と言われるのが面白い。でも、たかだか一泊とはいえ気分は「旅行」よりも、「旅」。土曜日の深夜にふと思い立ち、火曜日には出発するというこの「風まかせ」っぷりはどうかんがえたって「旅」だろう。

それにしてもこの週末の、らしからぬユルさは一体なにごとだ!? みんな選挙に行ってしまったのか? それとも、いま全国の老若男女に刺繍が大ブームで、みんなおうちでチクチクやっているとでも? 14時すぎてようやくいつものペースに戻り始める。

夕方、ひさしぶりに訪ねてくれた知人にごあいさつ。「おひさしぶりです!」なんて言っていたら、じつはツイッターでフォローしているもんでそんなにひさしぶりって感じがしないのですよ、と言われてギョッとする。恥ずかしい。

こちらが知らないあいだに、知り合いからこっそりフォローされている

この感じを「視覚化」するとしたら、こんなイメージだろうか?

電信柱の陰から顔をのぞかせる市原悦子

ぜひ、知り合いの方でぼくが気づいていないと思われる方はご一報下さい。ほんと、なにかの拍子に分かったときにギクッとするので(笑)。よろしくお願い致します。

7月11日はそんな一日。

7月13日はそんな一日。
2010.7.14|column

ワールドカップもとうとう決勝戦。とはいえ、先日のドイツ敗退ですっかり関心が薄れてしまったので、もちろん早起きはナシ。ただ、夜半から吹き荒れていた強風の音で目が覚めるたび試合の経過をツイッターでチェックはしていたけれど。

それにしても、きょうもどうやら「14時開店」だったようだ…… 相変わらず、それをぼくは知らなかったわけだが。ご近所もみなさん同じ状況だったらしく、立ち話ししつつ「暇だ~」「もう帰りたい」などとこぼしていた。こんな状況で消費税なんて上げられたら、やっぱりかなわない。長い目でみたら景気を回復させる手立てにはなるかもしれないが、大企業のような「体力」のない中小企業や個人店はそれを俟たずに倒れてゆくことになりかねない。

なんて言っているうちに、少しずつお客様もふえてくる。顔なじみのお客様も多数。不特定多数ではなく、こうしてじっさいに足を運んでくれるお客様の「顔」をみて仕事するのがあくまでも個人店の「基本」なのだと、あらためて再確認。というよりも、お客様の「顔」をカウンター越しにみるのが好きだからこそ、きっとこの仕事を続けてこれたのだろうな。そして、あす、あさってはお休みをいただきます。

7月12日はそんな一日。

2010/07/14[水] 午前中は、グラウベルさんの仕事場にお邪魔する。バウムクーヘンにあうコーヒーをかんがえる会。さまざまな形でコーヒーにかかわる仕事をしている8人が、神妙な顔つきで(?)バウムクーヘンを食べコーヒーを飲んでいた。事情を知らないひとがその光景を目にしたら、あるいは怪しげな「秘密結社」の集会と勘違いしたかもしれない(笑)。真剣に挑んだことにはちがいないが、はたしてどの程度グラウベルさんのお役に立ったことやら。おいしいバウムクーヘンを食べ、おなじくおいしいコーヒーを飲み、勝手なことを言って帰ってきたような気もしなくはない…… 。他の参加者の方々の意見を聞くのもすごく楽しかった。しかし、グラウベルの狩野さんの、こういったときの「好奇心」&「実行力」にはまったく圧倒される。そして、すごく楽しそう(ここが肝心)。

終了後、その足で東京駅へ。14時すぎの新幹線に乗り、一路「仙台」へ。はじめての「仙台」。とはいえ、ほとんど「家出」同然の衝動的な旅のため、まったくといっていいほどなにも調べていない。現地で情報収集すればいいや、という適当さ。

ホテルにチェックインして、最初に向かったのはレコード屋。これはいつものパターン(笑)。思えば、去年フィンランドに行ったときもそうだった。海外でも国内でも、けっきょくいつも同じような行動をとっているのだった。

はじめての街で、レコード屋に行き、本場の牛タンを食べ、カフェでお茶をして……

7月13日はそんな一日。

旅のメモ~風まかせ仙台篇
2010.7.15|travel

旅のメモ~風まかせ 仙台篇

【行ったところ】

・仙台レコードライブラリー(レコ屋)
・利久(牛タン)
・haven't we met(カフェ)
・金蛇水神社(かなへびさん)(神社仏閣/岩沼市)
・AS TIME(喫茶店/自家焙煎)
・保原屋(うつわ・工芸品)
・小判寿司(すし店)
・デ・スティル コーフィー(自家焙煎珈琲店)
・vol.1(レコ屋)
・三瀧山不動院(神社仏閣/仙台四郎)
・カフェモーツァルトアトリエ(カフェ)
・せんだいメディアテーク(複合文化施設)
・IWASA COFFEE PRODUCT(喫茶店/自家焙煎)
・仙台パルコ(廃盤レコード&中古CD掘り出し市)
・青葉亭(洋食/牛タン)

【教えていただいたものの行けなかったところ、買えなかったもの】

以下は、街を歩いていて気になったけれど諸般の事情により入れなかった店、口頭もしくはツイッターで教えていただいた「仙台」のおすすめ一覧です。時間切れのため今回は訪れることができませんでしたが、次回仙台に行くときには確実に役に立つことでしょう。情報をくださったみなさんにあらためて感謝!!! です。みなさんが仙台を訪れる際の参考にも、ぜひ!

・火星の庭(ブックカフェ)
・Cafe Loin(カフェ/松島)
・ブラザー軒(西洋料理/中華料理)
・Cafe de Ryuban(カフェ/自家焙煎)
・地底の森ミュージアム(博物館/美術館)
・東北福祉大学・芹沢銈介美術工芸館(博物館/美術館)
・グリーンカフェレコーズ(カフェ/バー)
・喜久福(お菓子/おみやげ)
・づんだかん(お菓子/おみやげ)
・霜ばしら(お菓子/おみやげ)
・賣茶翁(おみやげ/お菓子/甘味処)
・鮨勘(すし店)
・三吉(おでん)
・Gokochi Curry(カレー)
・プリン家(もちろん、プリン)

7月15日はそんな一日。
2010.7.16|travel

聞いてはいたが、仙台はとてもいい街だった。モイのコーヒー&ティーカップをデザインしてくれた梅田弘樹さんとかおりさんご夫妻が、フィンランドから帰国後に住んだ街が仙台。すっかり気に入って、ついには家まで建ててしまった。その気持ちもよくわかる。ちょっとヘルシンキにも似ていなくもない、そんな仙台。ほんとうは梅田夫妻にも会いたかったのだが、いかんせん昨日の今日なので先方に迷惑をかけてもいけないので今回は連絡しなかった。残念。

仙台は予想以上に立派な都市(人口はヘルシンキの倍くらい)だったが、街中に緑が多く、車道も歩道も広くてとても歩きやすい。中心部の主要な道は碁盤の目のようになっているので初めて訪れる観光客にもわかりやすいし、徒歩での移動がメインのぼくのような旅行者には平坦なのもいい。その反面、街のそこかしこに「昭和」の匂いをプンプン感じさせる路地や横丁、市場が迷路のように存在していてワクワクさせてくれる。もちろん、車や電車に少し乗れば海や山にもかんたんに足を運ぶことができるのだから、なんて贅沢なのだろう。短い滞在ではあったけれど、東京から比較的かんたんに行くことのできる街のなかでは、かなり快適ですっかり気に入ってしまった。

仙台2日めは、朝8時半にホテルをチェックアウトして、帰りの新幹線が発つ20時過ぎまでの丸半日たっぷり歩き回った。まあ、基本的にはコーヒー屋とレコード屋が中心なのだけれど。それにしても今回はろくすぽ下調べもしないままに飛び出してしまったのだが、ツイッターに寄せられる耳寄りな情報にはずいぶんと助けられた。仙台が地元の方、かつて住んでらっしゃった方、旅行で訪れたことのある方…… 思いがけずいろいろな方からリアルタイムで「おすすめ」を教えていただきとても楽しかった! 気になったけど行けなかった店、買えなかったおみやげも多数、もったいないので、あらためて教えていただいた情報を出かけた場所とともにまとめておこうと思う。

7月14日は「パリ祭」、そしてそんな一日。

2010/07/16[金] ゆうべは、23時半くらいに家に戻った。

途中、乗っている新幹線の車内で「SOSボタン」が押されたとかでトンネル内で急停車。車内トラブルの確認のためというアナウンスが流れた後10分ほどしてふたたび動き出したものの、遅れを取り戻すためか猛スピードで宇都宮までぶっ飛ばす。迷作『新幹線大爆破』の緊迫したシーンが脳裏をかすめる(笑)。宇都宮ではホームを走ってゆく警官も目撃し、緊張はいよいよ最高潮に!? けっきょくここでも5分ほどロスタイムで、東京には10分遅れで到着した。仙台で買い込んだレコードを少しだけ聴いて就寝。

仙台でリフレッシュして、あたらしい朝がきた、希望の朝が、といった感じで気持ちよく目覚める。寝起きの一杯は、「デ・スティル コーフィー」のフルシティ。マンデリン主体の、すっきりしていながらもどこか野趣あふれる香りが好み。

かんがえたり、かんがえなかったり、かんがえるのをやめてみたり、そんな毎日がふたたびはじまる。あまりつぶやきもせず、一日が終了。

7月15日は、そんな一日。

7月16日はそんな一日。
2010.7.17|column

必要な食材をうっかり買い忘れていたりと、朝から次々に「忘れ物」が発覚。たった一日ふだんより多く休んだだけで休みボケだなんて、ちょっとひどすぎやしないだろうか?(自分に対して……)

それにしても、すでに「猛暑」の予感。オーダーも冷たい飲み物が中心になってきた。せっせ、せっせとアイスコーヒーを仕込みつつも、「エアコンの効いた店内で飲むホットコーヒーも旨いのだけれどなぁ」と独り言。

関西出身のスタッフと雑談していたら、関東では酢醤油をかけて、からしや海苔を添えて食す「ところてん」、なんでも関西では黒蜜をかけて食べるのが「常識」なのだとか……。有名なところでは、関東と関西では「だし」の濃さがちがうなんていう話をよく聞くけれど、この「ところてん」のちがいときたらどうなんだ? かたや「スイーツ」、かたや「総菜」…… 味覚のちがいどころか、概念からしてちがうのだ。東西文化の差異をかんがえる上で、意外に「ところてん」は面白いアイテムのでは? なんて考えていたのだが、まあ、正直どうでもいいんですけどね(苦笑)。ひまでも忙しくても、たいがいそんなことを考えながら日々暮らしている人間なわけなのですよ。

7月16日は、まあ、そんな一日。

7月17日はそんな一日。
2010.7.18|column

朝、暑さで目がさめる。間違いなく今年は「猛暑」になりそうだ。去年が「冷夏」だっただけに、余計身にこたえる。そして、お客様も少ない。暑さのせいにしてしまうのはかんたんだけど、そんななかだってお客様でにぎわっているお店はたくさんあるはず。なにが足りないのか、あらためてかんがえるいいチャンスだと思うべきなのだろう。

なんとなくモヤモヤしつつ帰宅。家族が手に入れたレコード(The New Californians)を聴き、DVDで『大陸横断超特急』を広川太一郎の吹き替えバージョンで観る。コメディーなのかサスペンスなのかアクションなのか、作品じたいがいまひとつ照準を絞り切れていないため広川氏の吹き替えも「定番」作品と比べてやや精彩を欠く感じ。劇中、主人公が何度も何度も列車から振り落とされるのだが、そのたび口にする

「まただものっ」

というセリフがいい。パソコンのビープ音に設定したい。ずっと昔に使っていたパソコンには、やはり広川氏の「ちょんちょんだよ、まったくの話がっ」というのが設定されていたのだが(もちろん自分で苦心して設定した)、いまにして思えばこれは「着ボイス」のさきがけであった(笑)。

ところで、「東京カフェマニア」を主宰されている川口葉子さんから、新著『東京カフェを旅する 街と時間をめぐる57の散歩』をお送りいただいた。ひとつひとつのカフェや喫茶店のエピソードの中にしっかりその場所に流れる固有の「時間」を感じさせてくれるあたり、さすがはカフェや喫茶店で長い時間を過ごされてきた川口さんならでは。なにを隠そうぼくも、「荻窪でmoiをはじめたころ」というタイトルでエッセイを寄稿させていただいた。川口さんの文章の、静かなことばのリズムを乱していないとよいのだけれど……。

7月17日はそんな一日。

シナモンロールあります
2010.7.18|info

本日7月18日は、荻窪に「moi」をオープンしてからちょうど8回目の誕生日となります。まあ、そんなこともあったりなかったりなのですが、

本日18日に限り、ふだん「平日限定」でお召し上がりいただいている「フィンランド風シナモンロール」を店内にてお召し上がりいただけます。一応、数量限定となっておりますので、万が一売り切れの際にはご容赦下さい。

というわけで、本日もみなさまのご来店をお待ち申し上げております。

moi店主

7月18日はそんな一日。
2010.7.19|column

きょう、7月18日はmoiの8回目の「誕生日」である。2002年の7月18日、moiははじめて荻窪で産声をあげたのだった。吉祥寺に移転してからは、もっぱら移転オープンした「12月6日」を基準にしているのでどうもこの「創業記念日(?)」は忘れがちだ。じっさい、去年などはもう過ぎてしまってから思い出したくらい。

しかし率直に言えば、よくもまあ8年も続けてきたことだなあ。カフェを「街の猫」にたとえているのは『東京カフェを旅する』の川口葉子さんだが、まったくその通りだと思う。残念なことに、「街の猫」の生存率はきわめて低い。「街の猫」が無事成長するのに必要なことはたったひとつ、人に可愛がられること。立ち止まって頭をなでてもらったり、そっとミルクや餌をあたえてもらったり、そんな「幸運」にありついた「猫」だけが、この殺伐とした街を根城にしながらもかろうじて生き延びることを許されるのかもしれない……。

思えば、moiはそんな「幸運」に恵まれたほんとうにラッキーな「猫」なのかもしれない。お腹一杯になれる日はそう多くはないけれど(笑)、なんとかかんとか8年間という月日を無事に生きながらえてきたのだからたぶん、そういってよいと思う。8年間moiを支えてくれたひとりひとりのお客様に、心から「どうもありがとう」と伝えたい。そして、今後ともどうぞ「猫可愛がり」よろしくお願いいたします! ニャーと鳴きます(笑)。

7月18日、8回目の誕生日は、そんな一日。

7月19日はそんな一日。
2010.7.20|column

たまげた。

きのう、おとといがまるで嘘のような猛スタートダッシュぶり。いったい何が起こったの? みんな、ほんと今まで何処に行ってたの? と訊きたいくらい。たまたまこの日はオープンから三人体制だったので助かったけれど、もしいつもの体制だったら果たしてどうなっていたことやら……。お待たせしてしてしまったお客様、お入りいただけなかったお客様には、大変申し訳ございませんでした。とはいえ、ここのところずっと口を開けばグチになってしまいそうな状況が続いたもので、ようやくいつもの調子を取り戻しつつあることにホッと胸をなでおろした次第。

それでも、三連休の最終日らしく夕方になってからのお客様の引けは早い。そのぶんこちらものんびりと、仕事帰りに立ち寄ってくださったダンディゾンの木村シェフと雑談させていただいたり、沖縄からわざわざ来てくださったお客様とお話しをしたりして過ごす。

閉店後は、ある「野望」を叶えるためにせっせと片づけ。レイトショーで『バード★シット』を観に新宿へと向かう。2回目の鑑賞。連休最終日のレイトショーだというのに、客席は2/3くらい埋まっている。口コミでお客さんが増えたのなら、すごいことだと思う。前回はなんの予備知識もなく観たぶん印象も強烈だったけれど、今回はより細かいカメラワーク、ちょっとした役者のしぐさなどにも注意して楽しんだ。もう一回、言おう。傑作。

最近は仕事帰りにどこかに寄るということもなかったので、ちょっと不思議な体験だった。

7月19日はそんな一日。

吉祥寺駅から「moi」までのもっとも「涼しい」道のり
2010.7.21|column

【最強】吉祥寺駅から「moi」まで、できるだけ涼しく来る方法【ひんやり】

吉祥寺駅から「moi」までは、徒歩で6~7分ほどかかります。雨の日は、アーケード~東急百貨店を抜けてくることで、ほぼ半分の行程をカサなしで歩いてくることができます。

今年のように暑い夏は、駅ビルのアトレ~東急百貨店の通り抜けルートによって、ほぼ半分近くの行程を冷房の効いたところを通ってくることができます。ほとんど冷房の効いていない地下道よりもむしろ快適なくらいかもしれません。しかも、所要時間は最短ルートとほとんど変わりません。

以下に、その【最強ひんやりルート】を記しておきますので、ご参考ください。

JR西口改札あるいは京王井の頭線改札より、そのまま駅ビル「アトレ」へ入る。「アトレ」内(2F)をどんどん進み、ワイアードカフェ前のエスカレーターもしくは階段で1F出口へ。ここまでは当然、冷房が効いてます。 ※改札からアトレ内に入った後、正面中央にある「青山フラワーマーケット」の左側を進むとより空いている。

パルコ内に入る【上級編】は最下部を参照。

出口を出て左へ、吉祥寺通り(公園通り)にぶつかったらパルコの角を右へ(※日陰のある舗道を選んで歩きましょう)。左手の「東急百貨店吉祥寺店」に入る。アトレ出口を出てからここまで3分弱。初心者にはわかりやすいですが、より「涼」を求めるなら、最下部の【上級編】から東急へ。

東急百貨店1Fのフロアを横断する。化粧品売場→靴売場→「Max Mara」横の出口から大正通りへ。ここまでも当然、冷房がきいてます。

出口を出て左へ。ここまで来たらもうひと息(2~3分)です。なにも考えず、「無」の心境でひたすら直進しましょう。右手の輸入玩具店「ニキティキ」の先の、大きな木のある建物が「moi」です(外から見るとポストカードがたくさん並んでいるのが見えます)。

そしてさらに【上級編】です。これをクリアすると、最後の「直線(=大正通り)」だけ頑張ればいい感じに。

アトレ1Fの出口を出たらそのまま道を横断し、向かいの正面玄関より「パルコ」に入る。入ってすぐ左に向かい、そのまま道なりに進み、左手の扉から表に出るとすぐ右正面に「東急百貨店」が見えるので、東急へ。 以下、同様。

いらっしゃいませ! よく冷えたお飲み物と北欧風のお菓子をどうぞ。

7月20日はそんな一日。
2010.7.21|music

午前中、いつものように鍼にゆく。もう口にするのもイヤなくらいに、暑い。中杉通りのケヤキ並木を抜けて阿佐ヶ谷駅に出る。駅にほど近いレコード屋をのぞくと、何枚か欲しかったレコードが手頃な値段でみつかる。

ところで、『バード★シット』に感激した理由のひとつにその音楽が挙げられる。ママス&パパスのジョン・フィリップスがかなりの割合で楽曲を提供していて、そのひとつひとつのナンバーの完成度がとても高い。そんなわけで、ここのところ『バード★シット』のサントラが欲しくてしかたないのだが、見つけるのは多分そうたやすくはないだろう。そのかわり(?)、タイミングよく『M*A*S*H』のサントラを手に入れることができた。言わずとしれたロバート・アルトマン監督の代表作のひとつで、彼が『バード★シット』に先立って監督した作品である。ふつうのサントラとはちがい、役者の台詞や効果音までがコラージュ風に収められていてまるで一本の映画を短く編集し直したようになっている。手に入れた国内盤は、版権かなにかの都合だろうか、オリジナルにはボーナストラック的に収録されているアーマッド・ジャマルが演奏するテーマソングが収められていないのが残念。

あまりの暑さに、いったん自宅に退避。夕方からまた出かけようともくろんでいたのだが、食事をし、買ってきたレコードを聴いて、そのままうとうとしてしまったのがいけなかった。意識が戻ったときには、すでに夜。おまけに、うつぶせ寝の状態で気を失っている間に首を寝違える。

7月20日は、そんな一日。

Hanako No.976
2010.7.22|publicity

本日発売の雑誌『Hanako』No.976「東京カフェ'10」にmoiが掲載されております。

moiは吉祥寺の「目的別カフェリスト」のページ(P.45)、「吉祥寺でお茶するなら…」ということでご紹介いただいております。「Hanako」のカフェ特集、これで掲載していただくのも3年目になりますが新しいお店もたくさん掲載されていて刺激になります。

書店等でお見かけになられましたら、ぜひお手にとってご覧下さい。

7月21日はそんな一日。
2010.7.22|column

けっきょく、猛暑には勝てないのだった。きょうの東京の最高気温は「36℃」だとか。カウンター越しに外を眺めると、人影の消えた街はまるでキリコの描く白日夢の世界みたいだ。近所のお店のひとたちと、またもやグチのこぼしあい、というか、ほとんど「泣き」が入ってきた。

でも、たしかに駅からここまでの道のりを思うと、途中で大勢のお客様が「息絶えて」しまったとしても無理のない話である。自分だって、極力おもては歩きたくないさ。と、ここで、上手にアタマを使えば駅からここまでの行程の約半分を冷房のきいた建物内を通過する

最強ひんやりルート

の存在に思い当たる。さっそくブログに、そしてツイッターにUPする。雨の日にも応用できるし、これはかなりいいのではないか? 問題は所要時間だ、と思っていたら、ツイッターをみた@RAO_tw さんがさっそく仕事帰りにトライしてくださる。

途中で信号に引っかかったにもかかわらず、タイムは「7分37秒」。これなら、ずっと外を歩いてくるのと時間的にもほぼ変わらない。吉祥寺に土地勘のある「上級者」なら、アトレ~パルコ~東急の「通り抜け」でほとんど最後の「直線」(=大正通り)だけ頑張ればいい感じに。

ぜひ、このルートで暑さにめげずご来店いただきたい。これは希望ではなく、祈り。

7月21日はそんな一日。

ツイッターと地震予知
2010.7.23|column

「ツイッターと地震予知」について書きたくなったのは、ここ最近の「つぶやき」からある不穏さのようなものを感じて、そうつぶやいた翌朝に茨城県で震度5弱を記録する地震がじっさいに起こったからである。

これまでにも何度か書いているように、ぼくは「地震予知」に関心がある。その関心の度合いはひどく素人っぽいもので、ひとは大きなクシャミをする前には大きく息を吸うものなのだから、大きく息を吸い込む瞬間(前兆現象)をとらえれば当然その後に起こる大きなクシャミ(地震)も予想しうる、といった程度のレベルにすぎない。

ところで、こうした地震の前にみられる前兆現象を一般に「宏観現象」という。井戸の水位の変化や地鳴りのようなものはもちろん、たとえば「地震雲」や「地震の前にはナマズが暴れる」といった科学的に解明されていない「迷信」のようなものもすべてそれには含まれる。ぼくは子供のころから、不思議な雲(たとえば放射状の筋雲だったり、のろしのような雲だったり)をみた後に大きな地震が起こるという経験をなんどかしている。また、阪神大震災の前夜には、横浜でいまだかつて見たことのないような不思議な「月」を目撃している。そういうこともあって、できうる限り月や空を見るようふだんから気をつけているのだ。

そういった「宏観現象」から地震の発生を予知するには、当然、「宏観現象」の質、そして数が重要になってくる。ネット上には「地震予知のための宏観現象を報告する掲示板」といったたぐいのページがあり、しばしば参考のためチェックしてきた。ところが、ここには大きな問題がある。この手のサイトを頻繁に訪れる、あるいは現象を報告するひとびとのほとんどは、地震予知に興味がある人間だということである。報告するひとも、「これはもしや前兆では?」という思いで報告する。つまり、はじめっからこうした報告にはある種の「バイアス」がかかってしまっているのだ。けれども、本当に欲しい情報は、「あれ?」とか「ん?!」といった感情をともなう素朴な違和感のようなものにほかならない。

宏観現象をとても大きく(ある程度の玉石混淆はやむをえないとした上で)とらえるとするなら、宏観現象とは「いつもとは違う」現象を指していう。そしてそれは、しばしばさまざまな「感情」とともに感知される。たとえば、

きれい
不気味
おもしろい
不思議

などなど……。例を挙げれば、

月が赤くて気味悪い
不思議なことに、いつも見かける場所に一羽も鳥がいない
飼っているネコの様子が変
ネズミがいない
おもしろい形の雲
見たこともないような虹
トイレの水位が急に低い
どこそこの港に深海魚が上がったらしい……

そしてツイッターは、こうした「宏観現象」が意図的にではなく投稿され、集積される「磁場」といえる。こちらとしては、上に挙げたようなキーワード(場合によっては、さらにありがたいことに画像が添えられていることもしばしば)をアタマにおいてツイッターの画面を眺めていればいいだけである。

どのくらいの人数フォローすればよいか?
フォローするひとのエリアを限定したほうがよいか?

というのは、ある程度かんがえておいたほうがよさそうだ。また、ツイートする側にも心に置いておいてもらいたいことがある(もちろん強制は不可能だが)。なにか「いつもとは違う」現象をつぶやくときには、まずおおまかな日時、観察した場所、さらに、たとえば「おもしろい雲」を目撃したといった場合はそれが見えた方角(とできれば写真)を記してもらいたいのだ。それだけで、その情報の質は格段にアップするからである。

すくなくとも今回、この夏の異常気象にくわえて、連日の強い「夕焼け」「朝焼け」にかんするツイート、風変わりな「雲」(彩雲、放射状の筋雲、ユニークな形の雲)にかんするツイートが複数重なったのをきっかけに「地震」の発生を疑ったので、より多く、効率的に、かつ日常的にツイートをあつめることができれば、なにがしかは役に立つにちがいないと密かにかんがえているところだ。

7月22日はそんな一日。
2010.7.23|column

きょうは先に買い物を済ませてから朝10時すぎに店に入ることにしていたので、きのう思いついた【最強ひんやりルート】を使ってみることにした。実際にやってみての感想は……

最高!!!

しかも、パルコの中も通り抜ける【上級編】(笑)だったため、東急から店までの最後の「直線」だけが勝負所である。あとは4コーナーを過ぎたサラブレッド同様、ひたすらゴールめがけて疾走するのみ、だ。いや、中山や阪神のような上り坂じゃないだけずっとマシ(笑)。

しかし、きょうもヒマである。書くのもイヤだが今日も「36℃」らしい。いくつか仕事のメールをし、コラムの原稿を仕上げて送り、えーと、それからなにをやったんだっけ? 

熱中症か、遅番のスタッフが体調不良。フリーターゆえ、日ごろかなり無理をして働きづめなので疲労がたまっていたのかもしれない。別のバイト先で具合が悪くなり、その後ギリギリまで頑張っていたのだが顔色も悪く調子が悪そうなので途中で帰宅させた。一人で片づけし、帰宅。

7月22日はそんな一日。

7月23日はそんな一日。
2010.7.24|nature

地震で目がさめる。ちいさな横揺れではあったけれど、その揺れ方がイヤな感じだったのでツイッターの地震速報をチェックしたところ、茨城県の南部で震度5弱。ちょうどきのう、ツイッターに流れてくる複数の「つぶやき」がなんとなく気になって「地震」というハッシュタグを検索メモに加えたばかりだったので、さすがに驚いた。

ツイッターというメディアは、ふつうのひと(=とりわけ地震予知に関心のないひと)が日々のなかで「新鮮に」感じたこと(=ふだんとはちがう現象)を、つまりいわゆる「宏観現象」をおかしなバイアスをかけることなく「つぶやき」というかたちで提供し、それがリアルタイムでどんどん集まってくるという特性をもっている。これは、うまく活用すれば確実に「地震予知」に役立つのではないか? このあたりのことは、さっそく「ツイッターと地震」という記事にまとめてみたので、興味のある方はぜひご一読下さい。

それにしても、暑さは猛暑を通り過ぎ、すでに酷暑の域に達している。もう嗤うしかない。ここまでくると、かえって腹が据わるというか、この「史上最悪の夏」をそれなりに楽しむしかないのだった。しかしこんな日に限って、閉店前、ぼくが買い出しにでているあいだに何組かお客様がいらしゃったそうだ。あー、あと一時間早く着いてくだされば……。なんとなく歯車が噛み合わないのは、こういうときだけに仕方ないことである。

7月23日はそんな一日。

7月24日はそんな一日。
2010.7.25|finland

スタッフのひとりがポツリと洩らした。「よく『夏が好き』とか言ってる人いますけど、こーゆー夏も好きなんですかねー」。まるで苦虫を噛みつぶしたような表情だ。家にエアコンがないので毎日3時間くらいしか眠れないらしい。家よりも、外のほうがずっと涼しいのだそうだ。たしかに、本当に「夏が好き」ならスキップしながらここまで来そうなもんだが、だれも歩いてないじゃないか!(怒)

というわけで、世界のすべてに悪態をつきたい、そんな今日この頃である。とっとと片づけてしまったら21時閉店のレコ屋にまだ間に合うということで、少しだけ寄り道して帰宅。

夕刻、荻窪時代からよく知るお客様がほぼ同時に4組ご来店。いろいろおしゃべりして楽しかった。フィンランド帰りのみほこさんより情報収集。次回フィンランドは(っていつになるかわからないが)東部メインにしようかな。

ヨエンスー
コリ(Sokos Hotel Koli←メモ)
ラッペーンランタ

あとは、ヘルシンキよりも

ユヴァスキュラ
ラハティ
クオピオ

とか… 。そして札幌のカフェガイドなど眺めつつ「北のカフェ」の妄想。

7月24日はそんな一日。

7月25日はそんな一日。
2010.7.26|column

やや落ち着いた(?)とはいえ、相変わらず最高気温は33℃、34℃あたり。テレビのワイドショーも「猛暑ネタ」が多く、カラダからはもちろんアタマからもこの「暑さ」を消し去るひまがない。

いま、おなじ大正通りのmono galleryで個展を開催中の柿本照夫さんが、ギャラリーのオーナーさんと連れ立ってご来店くださった。柿本さんは陶芸作家なのだが、同時にコピーライターとして広告業界で活躍されてきたという異色の経歴の持ち主。東京コピーライターズクラブというところで仕事している友人が、モイのことを「宣伝」してくれたらしい。

コピーライターとして培った「雑食的思考と先鋭的発想」で「希望」を造形すること

がひとつのテーマのようだ。作品のいくつかを写真で拝見させていただいたのだが、いわゆる「陶芸」の範疇におさまりきらない奔放さが刺激的。会期中、時間をつくってぜひのぞきに行きたいと思っている。

ところで、ウチに帰ったら部屋の温度が「36℃」だった。エジプトの首都カイロのきょうの気温と同じである。いったい、どこに帰ってきちゃったのだろうか? ……ため息ひとつ。

7月25日は、暑すぎてよく憶えていないけれどたぶん、そんな一日。

7月26日はそんな一日。
2010.7.27|column

きのうまとめの日記を書けなかったので、いま思い出しつつ書いている。意識していなかったが、どうやら「土用の丑」の日だったらしい。ツイッターのタイムラインで知る。

昼間は相変わらず猛暑だが、夕方からポツポツ雨が降り始める。とはいえ、ほんの一、二時間くらい。夕立のように強く降ったわけでもないので、たいして涼しくもならず。夜は、地方からのお客様も多かった様子。わざわざ足を運んでいただけるというのは、本当にありがたい話だ。

家に帰り、しばらく仕事をしてから就寝。

7月26日はそんな一日。

7月27日はそんな一日。
2010.7.28|column

あさ7時前に起床。ゆうべ途中まで手をつけた仕事のつづきに取りかかる。3時間くらい集中してやっていたら思ったより早くメドがつく。そして思い出したように腹がへる。

店であまったので持ち帰った胚芽パンとキャベツ、それにツナをつかってサンドイッチを作ろうかとかんがえたのだが、空腹に耐えられず近くにあったパンを頬張り、コーヒーを淹れてかんたんに済ます。仕事のメドがついたら、不意にきょうが「休日」であることを思い出し、外に出たくてウズウズしてくる。

そして散歩がてら吉祥寺へ。予想通り、あんまりにも暑いのでレコ屋にかけこむ。いや、寒くてもかけこむ先はつねに変わらないのだが。おなじみディスクユニオンのロック館~ジャズ館~クラシック館とハシゴして、レコード4枚とCD1枚で計3,000円也。1枚あたり600円、なんでこんなに安いのか? おかげでまた一段と我が家が窮屈になった。

家に戻り、ちょっと仮眠(世間では昼寝ともいう)。夜になってから渋谷へ。家族の希望で、ユーロスペースのレイトショーで上映中の「佐々木昭一郎というジャンル」を観にゆく。上映作品は『四季 ユートピアノ』。ある女性調律師と彼女を取り巻く人間、そして世界を「音」というキーワードによって描いた映像詩。

じつはこれ、いわゆる「映画」ではなく、いまから30年前にNHKで放映され話題となったドラマ作品なのである。この映像作家、というよりも主役を演じた女優さんには熱狂的なファンがいるらしく、劇場は立ち見が出るほどの盛況ぶり。この作品についてはいろいろ書きたいこともあるので、できればまた別枠でちゃんと書きたいと思う。

「熱帯夜の渋谷のスクランブル交差点」という、かんがえうるかぎりでもっとも近づきたくない場所をつつがなく通過して23時半ごろ帰宅。作品のなかで印象的につかわれていたマーラーの交響曲第四番をレコードで一楽章だけ聴くつもりが、けっきょく全曲通しで聴いてしまう。

7月27日は、そんな一日。

四季 ユートピアノ
2010.7.29|cinema

激暑/渋谷/レイトショーという「三重苦」を克服して(?)、ユーロスペースで「映画」を観てきた。『四季 ユートピアノ』。なかなかの見応えだった。特集「佐々木昭一郎というジャンル」の一部としていま上映中の、日本の映像作品である。

ところでこの作品、上で「映画」と書いたけれどじつは「映画」じゃない。いまから30年前、1980年にNHKで放映された「テレビドラマ」である。とはいえ、それはテレビドラマの枠で放映されたというだけで、いわゆる「テレビドラマ」とはずいぶんと肌合いのちがうものだ。むしろ、いちばんしっくりとくるのは「映像による詩」といった表現かもしれない。

青森の寒村で育った少女「榮子(A子)」が家族との「別れ」を経て、故郷をはなれ「調律師」として独立するまでの日々を、彼女の回想によって淡々と綴った叙事詩のようなつくりになっている。とはいっても、そのストーリーはあってないがごとき、無数のエピソードがパッチワークのようにつぎはぎされているような印象をあたえる(そうした印象が、あるいは「詩的」ということばを思い出させるのかもしれないが)。

と同時に、「音」を映像化する試みという意味において、それはまた「実験的」ともいえるだろう。じっさい、この主人公にとって、すべての存在は「音」として認識されている。たとえば母は「ミシンの音」だし、父は「靴音」、主人公の「えいこ」も「榮子」であると同時に、調律につかう「音叉」の基音(また、生まれてはじめて耳にしたピアノの音である)「A子」としてしばしば登場する。そうして、ある存在がじぶんの前から姿を消すということは、すなわちこの世界から「音」がなくなるということを意味している。

まるで歯が抜け落ちるようにポロポロと、自分の身の回りから「音」が消えてなくなってゆく高校生の榮子は、ある日砂浜で「音叉」を拾う(砂浜に「音叉」なんて落ちてるわけないじゃん、というツッコミはこの際ナシね)。そしてそれをきっかけに、榮子は音楽の仕事をめざし故郷を後にするのだ。はじめはちいさなピアノの工房、そして調律師の弟子に。いってみれば「調律師」とは、無音から音をつかみだし、混沌とした世界に調和をもたらす仕事でもある。榮子もまたさまざまな出会い、そして別れを通して、自分の手でふたたび自分の世界を「音」で満たし調律してゆくのだ。

ところで、この作品で主役を演じたのは中尾幸世という女優。演じるというよりは、この作品の中にまるで「棲んでいる」かのような不思議な、だが強い印象をあたえる役者さんである。ほかの登場人物たちもまた、存在と不在のあわいを生きているかのような、どこか儚げな印象である。つまり、みんないますぐにでも消えてなくなってしまいそうな、そんな危うさをもっているのだ。

それにしてもこんな、見終わったあとひとことで「いい」とか「わるい」とかけっして口にすることのできないような作品が、30年前に平然と公共放送の電波にのって日本全国のお茶の間に流れたという事実がすでにすごいことなのではないか? そこにある「つくり手」と「視聴者」との関係はひどく「挑発的」である。よい番組とは、両者がひとつの「答え」を共有することにあるという「前提」は、ここでははなっから放棄されてしまっている。しかし、この作品は30年後「伝説」になった。映画館は、老若男女で毎回立ち見が出るほどの大盛況である。じっさいツイッターでも、この作品を観てきたというぼくの「つぶやき」に複数の反応が寄せられた。なかには昔、テレビで観てずっと印象に残っていたといった声もあった。そして思ったのは、公共放送は、なにも現在の視聴者がただその瞬間「おもしろい」と感じるような映像をひたすら量産するためだけにあるのではないんじゃないか、ということ。その国にとって、長い目でみて「財産」となるような映像作品を残すことも重要な仕事にちがいない。

30年後「伝説」になるはずの作品をつくるのだから、その制作費をよこしやがれ!

民放のマネをしてひんしゅくを買うくらいなら、そんな「NHK右派」的な気概をもって視聴者を恫喝(笑)するくらいのことがあったとしても、あるいはいいのかもしれない。いろいろな意味で、かんがえさせられる作品である。

だから、聞きたいことがあるのですよ
2010.7.30|column

相変わらずブログの調子が悪い。ツイッターの「つぶやき」を一日分まとめてブログに自動的に投稿する「ツイートまとめ」というサービスを利用しているのだが、きのうから(ということはつまり、おととい分のツイートのまとめから)反映されなくなってしまった。しばらくブログの更新が滞りがちだったものの、この機能のおかげで今月はここまで「皆勤賞」(なんと2006年8月以来)だったのに……。というわけで、ひさびさの「皆勤賞」を死守すべくこうしてどうでもいいことを書いている次第。

しかしきのうから様子を見ているが、いまだに復旧の気配はなし。おなじ「FC2」でも他のサーバーは問題がないようだ。もちろん管理画面で設定の確認もした。よし、やむをえないサポートに連絡しよう。

それにしても、ふだんあまりしないからそう思うのかもしれないが、最近(?)サポートにメールするまでの「サミット開催中の検問」のような「念押し」はすごいことになっているな。自力で調べる前に、「電話やメールで聞いちゃったほうが早いや」というひとが多いからこそこうなってしまうのはわかるのだが……。

質問するのですか?
自分で調べましたか? こことかも見ましたか?
本当に、質問するのですか?
もう一回、そこも見ましたか?
じゃあ、本当に質問するのですね?
わかりました。じゃあ、質問するというわけですね?
しかし、いいのですね、本当に質問しても?
で、あっちはちゃんと見ましたか?
・・・
ふーん、質問するんだ。じゃ、どーぞ(メールのお問い合わせフォームが開く)。

とまあ、そんな感じである。とにもかくにも、早くなんとしてくださいね!

──

そして、サポートからは

お問合せ頂きました件ですが
こちらで調査致しましたところ
正常にツイートのまとめ機能が反映されましたので、
お客様のお困りの状況を再現する事ができませんでした。

・・・意味がわかりません。だって「正常にツイートのまとめ機能が反映されました」のなら、自動に機能しなかった昨日、そしておとといの「つぶやき」がちゃんとまとまって投稿されていなきゃおかしいのでは??? でも、されてないし。

それに、「お客様のお困りの状況を再現する事ができませんでした」って、いま反映されていない事実がすでに「お困りの状況」

絶賛再現中!

なのですが・・・。うーん、外人と会話している気分になってきたよ。

7月30日はそんな一日。
2010.7.31|column

ようやくブログの「ツイートまとめ」機能が復活。サポートに調べてもらったが要領を得ず、けっきょく28日、29日分のまとめは反映されず終い。まあ、仕方ない。

朝のうち雨。風があるので、駅までの道のりでたっぷりと濡れる。気温はともかく、湿気はさすがにすごい。そして昼前には晴れる。激しいな。

午前中の天気がいまひとつだったせいか、スタートでつまづく。遊び半分で、アイスコーヒーを極めるための「試作」を始めたところでパラパラとお客様が……。夜、口笛を吹くとヘビがくるというが、この業界では「余計なことを始めるとお客様がくる」というのがまことしやかに囁かれているジンクスである。蒸し暑いながらも、3時くらいになってようやくいいペースで客足が増え始める。知り合い同士がバッタリ店で鉢合わせしたり、慌ただしい入稿の最中に「お忍び」でおいでくださった編集者のお客様も……。

夜は、待ちに待ったNHKの番組『世界ふれあい街歩き』ヘルシンキ編の放送がある。BSではもうずいぶん前にオンエアされていたが地上波ではようやく。オペラハウスの辺りからトラムで中心部へ、駅前からエスプラナーディを抜け高級住宅地エイラへ。海沿いを東回りに迂回して北上、大聖堂を経てカッリオ。公衆サウナ、カッリオ教会、カルフプイストもちらりと映る。街歩きのしめくくりはトーロ湾で。ある意味、なんにもない感じ(唯一ドラマティックだったのは、大胆すぎる絨毯の洗濯風景…笑)がまたヘルシンキらしくてよかったのではないだろうか。

とまあ、7月30日はそんな一日。

だから、聞きたいことがあるのですよ

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