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8月のれんらく帳
2005.8.1|info

8月です。夏といえばカレーという、わかったようなわからないような連想からひさしぶりに「カレー」をつくってみました。夏野菜のカレー。ちなみにトウガラシ系の辛さが苦手なので、ルウはいつも中辛です。さて、あなたの夏は「なに辛」ですか?

8月のおやすみは毎月曜日、そして16[火]、17[水]は「夏休み」とさせていただきます。よって、15[月]~17[水]は連休となります。

どうぞよろしくお願いいたします。
今月は、フィンランド好きにはおまちかねの「世界陸上ヘルシンキ大会」もあることですし、暑い夏を元気にのりこえましょう!

緑の光線
2005.8.2|cinema

「緑の光線」を観た。

ロメールの映画というと、いつも思い出すのは「シネヴィヴァン六本木」という映画館のことである。ぼくが観たロメールの映画はほとんどすべて、この、いまはなくなってしまった映画館で観たはずだ。しかも、夏休みに。この点の記憶はあいまいだけれど。映画のあらすじはさっぱり憶えていないのに、映画が終わって地上にでた瞬間の目が眩むような光や、六本木通りの喧噪だけはやけにはっきりと憶えているのだった。あとひとつ、それにまつわる話として思い出されるのはこんな「教訓」だ。デートにロメールの映画はふさわしくない。映画のあと、その話で盛りあがれないから。

ところで『緑の光線』という作品、はたして観たのか、それともまだ観ていなかったのかどうも判然としない。ロメールの映画はいつもそうだ。じゃあ、つまらなかったのかというと、断じて言うが、そんなことはない。とりわけ、この『緑の光線』という映画はとてもよかった。

ごくフツーのひとびとがごくフツーにおしゃべりしているようにみえる自然体の演技や、エンディングの《爆発》にむけてひたすらエネルギーをためこむかのような「抑制された演出」など、ロメール映画の「エッセンス」がいっぱいにつまった作品、という気がする。そうしてあらためて感じたのは、ロメールの映画というのは「ストーリー」をおもしろがるものではなく、その《余韻》をたのしむべきものなのだろうということ。だから、それがはたしてどんな作品だったのか他人に説明することすらできないにもかかわらず、その《手触り》だけはしっかりと心に刻みこまれているのだ。

まあ、もっと気楽に、南仏のいろいろなリゾート地の景色やそこで夏を謳歌するひとびとの姿を垣間みることのできるこの映画を、ジャック・タチの『ぼくの伯父さんの休暇』とならぶバカンス映画の傑作としてたのしむことだってできる。とりわけ、この夏どこにも行けないひとはぜひ。それにしても、「バカンスに命をかける」フランス人の悪戦苦闘ぶりは「哀れさ」を通り越して、ほとんど「滑稽」ですらある。「バカンスの過ごし方」がストレスになってしまうなんて、フランス人も難儀なひとびとである。

ウナギもいいけどコーヒーもね
2005.8.3|cafe

むかし、エチオピアにひとりの羊飼いがいました。羊飼いの名前は「カルディ」といいました。ある日、カルディはいつものようにかれの羊たちを放牧していると、なぜかその日にかぎって羊たちがいつもより元気に跳ねまわっていることに気づきました。みれば、羊たちは草むらの赤い木の実をたべています。そこでカルディは、そのふしぎな出来事を僧侶たちに伝えました。その話をきいた僧侶たちは、さっそくその赤い木の実を煎じて飲んだところ意識がいつもよりはっきりして、儀式でも眠くなることがありませんでした。その話は僧侶たちのあいだでまたたくまに広がり、そうしてその赤い木の実を煎じた飲み物も広まっていったのです。

これはよく知られるコーヒーの起源にかんするいいつたえです。もちろん、この話には諸説あって、その真偽のほども定かではありません。ただ、古来コーヒーが「覚醒作用をもつ一種のくすり」として飲まれていたのはたしかなようです。

どうしてこんな話を書いたのかというと、ぜひ夏バテ解消にコーヒーを飲んでいただきたいからにほかなりません。個人的な話になりますが、じつはここのところちょっと「夏バテ気味」で、きのうなどは朝から立っているのもしんどいほどの全身のだるさでした。そこで思い出したのが冒頭のおはなし。そういえば最近は、しごとで一日に何杯ものコーヒーを淹れているくせに自分ではあまり飲んでいませんでした。さっそく一杯、苦いコーヒーを淹れて飲んでみたところ、しばらくすると全身を覆っていただるさも薄れ、いつものように立ち働いている自分に気づきました。ここのところカフェイン摂取量がすくなかったせいでより効果てきめんだったのかもしれませんが、あらためてコーヒー一杯の威力に驚かされたひとコマです。

夏こそぜひ、一杯のあついコーヒーで身も心もシャキっといこうじゃあないですか!

花の名前
2005.8.4|column

どうにも覚えられないのは花の名前である。かといって、ぜんぜん興味がないのかというとそういうわけでもなく、道ばたにちいさな花などみつければ携帯のカメラなど向けたりすることだってあるのだ。

写真はことしの春、そんなふうにして撮った写真のひとつ。ある日、お店のわきのわずかなコンクリートのすきまから顔をのぞかせる鮮やかなオレンジ色の花に気づいたのだった。春風にそよぐ釣鐘のような花が愛らしく、つい写真におさめたものの名前がわからない。なんとなく気になりながらも、しらべる手だてもないままに数ヶ月が経過・・・。そしてようやくチャンス到来!、「La douce」というお花屋さんをなさっているゆうこさんが遊びにきてくださったので、ここぞとばかり画像をみていただいた。すると、

ああ、それはオダマキですよ

とあっけなく判明。オダマキ・・・おだまき?・・・もっと、なんかこうバタくさい名前を期待していただけにちょっと肩すかし。だって、「あ、どもども、小田巻です」とかなんとか言いつつ名刺とか渡していそうなイメージではないか、オダマキって。しかもちょっとしらべてみたら、花言葉は「断固として勝つ」。「断固として勝つ」って、そんなキッパリといわれても、ねぇ・・・。なんかますます営業叩き上げなイメージなのだが。

ひとは見かけによらぬものとはよく言うが、どうやら花も見かけによらないようで。

コーヒーカップ
2005.8.5|cafe

もうずいぶんと前の話なのだが、からだの不自由なおじいさんが来店されたことがある。そのおじいさんは車いすに乗り、しゃべるのもままならないといった状態、当然ご家族の方が介助のため同行されていた。

ホットコーヒーを、ということだったのだが、ご家族の方からの指示でいっしょに空のグラスも添えてお出しした。不自由な手でコーヒーカップをあつかうのは大変だからという、ご家族の方の配慮である。はこばれたコーヒーを、身内の方がコーヒーカップから空のグラスへと移しかえようとすると、おじいさんはそれを拒み、震える手でなんとかしてコーヒーカップから飲もうとがんばった。それはたしかに危なっかしい光景で、ご家族の方ができればグラスで飲ませようとする気持ちも理解できた。

ただせつなかったのは、このおじいさんはきっとコーヒーが大好きなのだろうなというのが、痛いほどこちらに伝わってきたからである。コーヒーが好きなひとにとってなにより大切なのは、コーヒーをどう飲むかということだ。もちろん、あたたかいコーヒーはコーヒーカップで飲むものであって、グラスで飲むものではない。グラスで飲んでは、おいしいコーヒーだっておいしくなくなってしまう、おじいさんはきっとそう言いたかったにちがいない。

こんな光景を目にしておもったのは、からだの不自由なひとのための携帯用のコーヒーカップがあったらよかったのにということだ。本体の形状、材質、重さ、取っ手の位置や形態にじゅうぶん考慮し、しかもデザイン的にも洗練されたコーヒーカップ。家で使えるのはもちろん、外出時はこれを携帯し、お店ではこれに注いでもらえばいい。もちろん、中身を移し変えたとしても「コーヒーのたのしみ」は奪われない。100%満足というワケにはいかないにしても、すくなくともグラスで飲むよりはずっとマシ、そう、おじいさんなら言ってくれるのではないか。

世界陸上ヘルシンキ大会
2005.8.6|finland

ヘルシンキでは、いよいよ「世界陸上」が開幕しました。個人的には、まったく「陸上競技」には関心がないにもかかわらず、「ヘルシンキ」という理由だけでチラチラと観てしまうじぶんがいて「なんだかなァ」という感じです。

予想通りというべきか、競技場内でおこなわれる種目についてはそこがどこなのかまったくわからないといった状態ですね。しかも織田裕二と中井美穂がスタンバっている「特設スタジオ」にいたっては、まったくヘルシンキとはかけ離れたイメージでむしろ興ざめですらあります(あの「帆船」はいったい何?)。ただ、ときどき耳に入ってくる場内アナウンスと、やけに静かなスタジアムの雰囲気に「ああ、ここはやっぱりヘルシンキだよ」などと感じたりもしますが。

そんななか、やはりいちばんたのしみな競技種目といえば「マラソン」ということになるでしょう。なんといっても、ヘルシンキ市街を「3周半」、ですから・・・。一部、なんかショボイよねという声も聞こえてきたりしますが、「庭園都市ヘルシンキ」のうつくしい街並をプチ観光気分で3回半もたのしめると思えば、まあそれはそれでいいじゃないですか。ビール片手にテレビの前に陣取れば、ほとんど世界は「バー・トラム」(ヘルシンキを周回するバー仕様の路面電車。ビールメーカー「KOFF」のロゴをあしらった真っ赤な車両は、まさにヘルシンキの「夏の風物詩」)。

というわけで、TBSの取材クルーのみなさま、選手のアップの絵は一切いりません。引きの絵だけでよろしくです。

平和の根っこ
2005.8.7|column

きょうもまた暑い一日でした。こんな天気のつづく時期を「Dog Days」と呼ぶのだと、ご近所のアメリカ人のおじいちゃんに教えてもらいました。

そんななか、きょうもずいぶんたくさんのお客さまが暑さにも負けずmoiをたずねてくださいました。どうもありがとうございました。そしてもうひとつ、そんなときお客さまに対していつもありがたいなと思うのは、お客さま同士でやりとりされるさりげない心配りのことです。混雑時には、せっかく足をはこんでいただいたにもかかわらず、どうしてもお入りいただけないということも起こりがちなのですが、そんなとき、先にいらしゃっていたお客さまが率先して席を空けてくださったり、席を代わったり、つめたりしてくださることがままあります。こんなときは、店の狭さとじぶんの仕切りのまずさを忘れて、なんだかとてもあたたかな心持ちになってしまうのです。

さりげない心配りと、かわされる「ありがとう」の言葉、こういうやりとりがごく自然になされるような世界ではきっと争いごとなんて生まれないのではないか、そんな気分にさえなってきます。「終戦記念日」も近いですが、あんがい「平和の根っこ」はこんな身近なところにこそあるのかもしれません。

なぜかは知らねど・・・
2005.8.8|column

きのうの朝から、ずっと心は「ホカホカの白いごはんとお刺身」でした・・・。

フィンランドデザイン・イヤー2005 その1
2005.8.9|finland

この夏から年末にかけて、フィンランドでは「フィンランドデザイン・イヤー2005」としてさまざまなデザイン関連イベントが開催されています。そこで、ぼく自身でかけてみたい&これから行かれる方にはぜひ足を運んでみていただきたいイベントをいくつかピックアップして、ご紹介させていただこうかとおもいます。

まずはステファン・リンドフォルスの個展から。 リンドフォルスといって思い出されるのは、なんといっても1998年にアラビア社から発表されたカップ&ソーサーセット《Ego》ではないでしょうか。一見、奇をてらったようなフォルムでありながら、そのじつデザイン性と機能性の交差点において発想されたこの《Ego》は、有無を言わせることなく、あっという間にフィンランドデザイン史のマスターピースとなってしまったのでした。じっさい、今回、弱冠43歳にしてデザインムセオで個展が開催されるという事実が、なによりフィンランドにおけるかれの人気と実力とを裏づけているといえそうです。 その後も、NYのホテルのインテリアデザインを手がけたり、イーッタラ、マリメッコ、ハックマン、P.O.コルホネン社など、フィンランドを代表するメーカーから相次いで作品を発表するなど精力的な活動をつづけていましたが、数年前、突然のデザイナー休業宣言をして映像の分野に活動を移しました。ほかにも彫刻家、グラフィックデザイナー、DJといったさまざまな「顔」をもつリンドフォルスですが、ひとつの「肩書き」に縛られることなくそのときどきの自身の関心にしたがって行動してゆく、そんなフットワークの軽さこそが彼の身上かもしれません。 また、「アーティスト」としての自己プロデュースという部分でも、リンドフォルスはなかなかにしたたかな人物です。このへんは、いわゆるフィンランド人のパブリックイメージと異なるのですが、それは彼がスウェーデン語圏の自治領であるオーランド出身ということとも、あるいは関係があるかもしれません。いずれにせよ、進化をつづけるアーティスト、ステファン・リンドフォルスの現時点での《集大成》であるこの個展が、じゅうぶん興味ぶかいものであることにちがいはありません。個展は、9/16から10/2までヘルシンキの「デザインムセオ」にておこなわれます。

さて、もうひとり、プロダクトデザイナーとしてフィンランドを代表する人物といえばこのひと、ハンヌ・カホネンでしょう。彼は「CREADESIGN」の主宰者として、携帯電話からスキー板、いす、ヘルシンキ市のゴミ箱からトラムの車両のデザインまで幅広く手がけています。今回開催される展示「テーマ」では、探究者あるいは実験者としての彼の「顔」にスポットをあて、そのデザインの源泉へと遡ってゆくものとなるようで、これもなかなか見逃せない内容といえそうです。展示は、11/11から11/30までヘルシンキの「デザインフォーラム・フィンランド」で開催されます。

まだまだおもしろそうな企画が目白押しなので、あしたも引き続き注目のイベントをご紹介したいと思います。

フィンランドデザイン・イヤー2005 その2
2005.8.10|finland

きょうは正午から「打ち水大作戦」の「全国いっせい打ち水」の日だったのですが、それを知ってか荻窪では昼前から「天然『打ち水』」(つまりは「雨」ね)がザァーッとあったため、とりあえず今回は見送りました。とはいえ、まだまだ暑い日がつづくようなので、引き続き「打ち水」に励みたいとおもいます・・・。

さて、きょうも「フィンランドデザイン・イヤー2005」から、ヘルシンキ以外の都市でおこなわれるイベントを。

はじめは、いまや飛ぶ鳥を落とす勢いのフィンランド発のファッションブランド「イヴァナ・ヘルシンキ」の7年のあゆみをふりかえる展示です。今回は、デザイナーのパオラ・スホネンとテキスタイル・アーティストのシルッカ・コノネンとの二人展となるようなので、あるいはコラボ作品も登場するかもしれません。リンドフォルスもそうですが、パオラ・スホネンもまた「フィンランド人らしからぬ(?)したたかさ」を持ちあわせていますね。これくらいじゃないと、フィンランドのアーティストが世界を舞台に活躍するのはむずかしいということなのかもしれません。展示は10/1から10/18まで、ポリ市の「ポリジナル・ガレリア」にて開催されます。

そしてもうひとつ、おもしろそうな企画がラップランドの町イヴァロで開催されます。名づけて「フィンランドデザインのアイドルたち、荒野へゆく」。イナリ湖の湖畔にたたずむこの町をハッリ・コスキネンやリトヴァ・プオティラをはじめとする10人のデザイナーたちがおとずれ、かれらがこの極北の地からインスピレーションをえて制作した作品の数々を展示するというもの。イナリ湖のほとりといえば、フィンランドデザイン界の巨匠にして野生児、タピオ・ヴィルッカラが好んで滞在し数多くの傑作を生んだことでもしられる土地だけに、十人のデザイナーたちが十人十色、北の空気のなかではたしてどんな作品を生み出すのか、じっさいにその土地の景観にふれながら確かめてみたいものです。なおこの企画は、9/8ににオープンする「Design House Idoli」の常設展示となるそうなので、イヴァロに行かれる方はぜひいかがでしょう。

ほかにもたくさんあるのですが、興味のある方はぜひ「フィンランドデザイン・イヤー2005」のウェブサイトをチェックしてみてください。

世界陸上マラソン・ウラ観戦マニュアル その1
2005.8.11|finland

いよいよ今週末には、「世界陸上ヘルシンキ大会」のフィナーレを飾るマラソン競技[男子/13日・女子/14日]が開催されます。そこでこのブログでは、じっさいにランナーが走る「コース」をたどりながら、プチ観光気分を味わえる「みどころ」を2回にわたりご紹介していきたいと思います。題して、マラソンにまーったく興味がないアナタのための世界陸上マラソン《ウラ観戦マニュアル》。では、出発!

まずスタート地点ですが、「ヘルシンキの銀座通り」(?!)エスプラナーディが南港の「マーケット広場」につきあたる、ちょうど《ハヴィス・アマンダ》像が立つあたりになります。スタートの合図とともに、走者たちは白亜の《ヘルシンキ大聖堂》を背に、左手に海を見ながら「エテラランタ(通り)」を南下していきます。すぐに、左側に赤煉瓦づくりの《オールドマーケットホール》が、そして右側には《パレスホテル》の建物が見えてきます。有名なアンティ・ヌルメスニエミのサウナスツールは、このホテルのためにデザインされたものです。しばらくゆくと、左手にストックホルムとヘルシンキをむすぶ大型客船「シリヤライン」の発着場があらわれます。ちょうど時間的に、出発を待つ巨大な白い船体を目にすることができるかもしれません。

やがて走者たちは、ヘルシンキの南端に位置する海に面した公園《カイヴォプイスト》へとはいっていきます。このあたりは昔ながらの高級住宅エリアで、堅固な石造りのアパートメントや瀟洒な邸宅の立ち並ぶ通りを、昼下がりには品のよい老人がステッキ片手に散歩していたりします。そういえば、アキ・カウリスマキの映画にはかかせない看板女優カティ・オウティネンは、あるインタヴューで少女時代にはよくこのあたりで遊んだと語っていましたが、じつはけっこうな「お嬢さま育ち」なのかもしれませんね・・・。カイヴォプイストの一角にたたずむ人気のカフェ「ウルスラ(cafe ursula)」を過ぎると、こじんまりとしたヨットハーバーが姿をあらわします。天気さえよければ、世界遺産にも登録されている《スオメンリンナ島》の姿を沖にのぞむことができるかもしれません。海沿いの、もうひとつの人気カフェ「カルーセル(CARUSEL)」を通り過ぎ、徐々に右にカーヴしながらこんどは北上ルートへとさしかかっていきます。

風景は、このあたりから一変します。左手にのぞむことができるのは、ヘルシンキ随一の産業港である「西港」です。観光港の「南港」とは異なり、造船所のドッグや工場のエントツなど、アキ・カウリスマキの映画に登場しそうな殺風景な景色がひろがります。そしてやってくるのは、夏にはフリーマーケットでにぎわう《ヒエタラハティ》。走者たちは、そのマーケット広場のまわりをぐるりとほぼ一周走ります。右手には、アルヴァー・アールトをはじめ数々の建築家を輩出した「ヘルシンキ工科大学」の旧校舎の建物をみることができるでしょう。

と、ここまでが前半のポイントです。おなじルートを3週半する今回のコースですが、じつはスタート地点からこの「ヒエタラハティ」までのルートを走るのは一回だけ。お天気次第ですが、なかなか風光明媚なルートだけに、ぜひお見逃しなく!

次回はいよいよ、ぐるぐるぐるぐ・・・と3週半する「周回ルート」のあまのじゃく的ガイドです。どうぞお楽しみに。

世界陸上マラソン・ウラ観戦マニュアル その2
2005.8.12|finland

「世界陸上ヘルシンキ大会」の、いろいろな意味で最重要競技である「マラソン」を、ただひたすらと「はとバス」にのったような気分だけで観てしまおうという「ウラ観戦マニュアル」の第二回目をおおくりします。

《ヒエタラハティ》から、走者たちはいよいよ周回コースに突入です。「西港」の殺風景な眺めを左手にみながら北上をつづけると、やがて《ルオホラハティ》地区にさしかかります。「ルオホラハティ」はメトロの西の終着駅、ヘルシンキ中央駅からはふたつめにあたります。この先にあったノキアの工場跡地は、現在「ケーブルファクトリー」というアートの一大拠点として活用されています。さらに北上をつづける走者たちは、《ヒエタニエミ墓地》へとはいっていきます。墓地の真ん中を走るマラソンコースなんて、そうあるものではありません・・・。

フィンランドの独立の礎を築いた思想家スネルマン、ソ連軍を撃退し祖国を守ったマンネルヘイム将軍、フィンランド共和国第8代大統領として26年間にわたり指導的立場にあった政治家ケッコネン、そしておなじみ建築家/デザイナーのアールトなど、数多くの偉人たちがここに眠っています。フィンランド政府観光局の雑誌「TORI」によれば、このあたりからはアンティ・ヌルメスニエミがデザインした青い高圧線鉄塔がのぞめるとのことなのですが、はたしてテレビで確認することはできるでしょうか?ちなみに左手には、フィンランドにはめずらしい砂のビーチがあります。

さらに走者たちは北上をつづけます。彫刻家エイラ・ヒルトゥネンによる鉄のモニュメントが有名な《シベリウス公園》を通過すると、やがて正面に《メイラハティのこども病院》があらわれます。ウノ・ウルベリとエルッキ・リンナサルミの設計で1946年に完成した建物です。ここで走者は右折、東へと進みます。しばらくゆくと、右手はゴール地点となる《オリンピックスタジアム》のほか、サッカー競技場、ホッケーなどができるアイスホールなどスポーツ施設が集中するエリアになります。このエリアの外周にそって右折し、ふたたび走者たちは南下をはじめます。

トーロ湾のほとりにたたずむ《国立オペラ劇場》のところで左折した走者たちは、いよいよヘルシンキ一の目抜き通り《マンネルヘイム通り》へ。やがて左側にアルヴァー・アールト設計の《フィンランディア・タロ》の白亜の建物がみえてきます。ついで《国立博物館》、シレンの設計による《国会議事堂》など、モニュメンタルな建造物が多いのがこのあたりの特徴でしょうか。

左手にスティーヴン・ホール設計の現代美術館《キアスマ》がみえてきたところで、走者は右折します。このルート、市の中心部のアピール度の高いエリアをあえてはずしているようでどうも意味不明です・・・。ただいま大工事中(もう何年やってるんだろう?ふつう、こういうのってイベントにあわせて竣工するものではないのでしょうか・・・わからん)のバスターミナル《カンッピ》、そして映画館やファーストフード、市立美術館などがはいるアミューズメント施設《テニスパラッツィ》を通過して《フレデリキンカトゥ》へ。道幅もそんなにないし、たしか「石畳」だったような・・・。でも、落ち着いた町並みは雰囲気満点です。

さて、《フレデリキンカトゥ》から、叙事詩『カレワラ』を編纂したリョンロットの名がつけられた《リョンロッティンカトゥ》へと曲がれば、周回コースの起点となる《ヒエタラハティ》ももうすぐ目と鼻の先。このルートを3周したあと、最後は《オリンピックスタジアム》でゴールインします。

それはそうと、気がかりなのは「観衆」のこと。一周目はともかく、二周、三周とするうちに人数が減って、しまいには観衆ゼロなんてことにならなければよいのですが・・・まさに「長距離走者の孤独」?!心配です。なお、お天気は13日、14日ともにくもり、ところにより一時雨との予報。まだまだ8月も前半、ぜひ澄みきった夏空の下でのレースを期待したいところです。

というわけで、あす、あさってはビール・枝マメ・マラソン中継で、ヘルシンキのヴァーチャルツアーをぜひ楽しんでみてはいかがでしょう。

あのころ日本はゆるかった
2005.8.13|column

この話をすると歳がばれてしまうのだけれど、「《大阪万博 EXPO'70》に行ったことがある」というのは、いまとなっては《ちょっとした自慢》である。

とはいえ、ちいさかったせいでただもうひたすらに暑かったという記憶しかなかったりするのだけれど。それでも、未来はきっとこんな風なんだというワクワクした感じをちいさな胸に刻み込むのに、それはじゅうぶんなだけのインパクトをもっていた。

ところでこれは、各パビリオンの紹介をかねた『スタンプ帖』。義理の父親からゆずりうけたものだ。

開くと、中にはパビリオンの写真とみじかいコメントが、そしてじっさいに訪れたパビリオンで記念スタンプを押せるようにとちょっとした余白がある。

それにしてもよほどの突貫工事だったのだろう。数多くのパビリオンの写真はまだ未完成、工事中のものだったりする。せっかくの未来的なデザインの建造物にもかかわらず、不粋なダンプカーが横づけされていたり、「安全第一」の旗がたなびいていたりするのはどうしたものか・・・。なかには、外壁に「○×建設」という看板が堂々とはりついているものさえある。そしてきわめつけはこれ。

「OECD-経済協力開発機構館」の写真なのだけれど、なにやら熱心にはたらくふたりの作業員の姿がばっちりと写りこんでいる。せめてシャッターを切る一瞬だけでも、ファインダーの外にはけてもらうことはできなかったのだろうか・・・。

あのころの日本は、そうとうにユルかった。

プライベートシアター
2005.8.15|column

きょうから3日間、夏休みをいただいています。といっても、べつにどこか行くあてがあるわけでも、またなにかするあてがあるわけでもなく、とりあえず適度にエアコンのきいた部屋でビデオなど観つつ「ああ極楽、極楽」とつぶやきながらゴロゴロする、そんな怠惰な過ごし方こそがほんとうは《理想の夏休み像》だったりするのですが。

そしてきょうは、店へ行く用事ついでに、目先を変えて昼間っから店で「映画」を観てきました。いわば「プライベートシアター」、あるいは「名画座モイ」といった感じでしょうか。

こんな感じで、いつかみなさんにもご参加いただいて《映画をたのしむイベント》など実現できると楽しそうですね。

ゴミ出し出勤
2005.8.16|column

夏休み二日目。昼前に店へゆく。ゴミ出しのためである。

規模の大きい店ならいざしらず、moi程度の規模ならば通常の区のゴミ収集でなんとかこと足りる。ただ、決められた日時に出さなければならないので、こんなふうにお店を休んでいるときでもゴミ出しのためだけに出勤しなければならないのが面倒だ。そもそも、moiの「定休日」もなかばゴミ出しの都合にあわせて設定されているようなものである。「月曜日」は、ゴミの回収がない日なのだ。収集日が変わったら、「定休日」も変えなければならないことになるかもしれない。

年末年始など長めにお休みをいただくときは、前もってかなり計画的にゴミ出しにあたらなければならない。やむをえない場合は、自宅までゴミを持ち帰るのである。もちろんまとめていっぺんに持ち帰ることなどできないので、何日か前から小分けにしたゴミを紙袋などに入れてコマメに持ち帰る。ひったくりに備えて、わざわざとても大事そうに「ゴミ袋」を抱えてみたり・・・。こうしたゴミ輸送計画をしくじると、去年のように朝6時前にトランクを引きずって店に行き、ゴミ出しをしてそのまま成田へ直行という哀しい事態を迎えることになる。できうるならば、あれだけはなんとしても回避したい。

ところであすは水曜日、「燃えないゴミ」の回収日である。しかも、午前10時には収集車が来てしまうのでうかうか寝坊もしていられないが、いたしかたない。これもまた、カフェの隠れた、たいせつな仕事のひとつ。

ちょっとしたひとこと
2005.8.17|food & drink

実家の近所に、とびきり辛いが、とびきり旨い「麻婆豆腐」をたべさせる店がある。

この店ができてまだ間もないころ、ひょんなことからあるグルメ雑誌のためにここを紹介したことがあった。しばらくしてその店に行ったときその雑誌が飾られているのをみて、一応「署名原稿」だったこともあり、オーナーの方には軽くごあいさつだけしておいた。その後、ほかの雑誌やテレビなどでもちょくちょくとりあげられるようになったその絶品の「麻婆豆腐」は、わざわざ遠方から車で訪れる客があとをたたないほどの知るひとぞ知る「まぼろしのメニュー」となった。

いっぽう、ぼくは実家を離れたりしたこともあって、この店をたずねる機会を失ったまま5年ほどの歳月がたっていた。ようやくタイミングがあってひさしぶりにたずねてみると、なんとお店の方はこちらのことを憶えていて、わざわざ声をかけてくれたのだった。そのときは予想外の展開にややビビリつつも、さすがは「客商売」といたく感心したりもした。けれども、いざじぶんが「客商売」をする立場になってみると、それはけっして「記憶力の問題」ばかりではない、べつの一面がみえるようになってきた。

お店をやっている人間にとって、いちばんありがたいのはやはりお客さまからの「あたたかいことば」である。ちょっとしたお客さまのひとことに、「救われた」と感じることもすくなくない。当然、そうしたことばや、そうしたことばをかけてくれたお客さまのことは自然に心に刻み込まれている。いま、ぼくじしんが店をやっていてそうであるように、このお店の方もまた、ひさびさに訪れた客の顔に自然に過去のささやかなエピソードがよみがえったのだと思う。

もしみなさんが、どこかの店に行って「おいしい」と感じたり、雰囲気や接客に「いいな」と思えるところがあったなら、ちょっとしたひとことでかまわないので、ぜひ帰りがけにでも声をかけてあげてください。その「ひとこと」は、もしかしたらみなさんが思う以上にお店をやっているひとにとって大きな「励み」になっているかもしれないので。

政治家願望
2005.8.18|column

生まれてこのかた、いちどたりとも政治家になりたいなどと考えたためしがないので、ひとがなぜあれほどまでに政治家になろうとするのかが理解できない。少なくとも、自分さえよければいいといった身勝手な人間には、それはあまりにもワリのあわない仕事にみえる。オレの力で世界をもっとよくしてやるんだなどという、ちょっとどこかすっとこどっこいな感覚こそがむしろ必要なのではないか?ジョージ・ブッシュがいい例だ。あんな筋金入りのすっとこどっこい、そういるもんじゃない。どのすっとこどっこいにはたしてどこまで加担していいものやら、選挙のときにはいつも悩む。そしていつにもまして、今回はむつかしい。

そんな中、ホリエモンが出馬するらしい。出るのはいいが、「刺客」に「三木谷さん」や「孫さん」が出てくるんじゃないかと、他人事ながら気が気でならないのだ。

正文作
2005.8.19|art & design

そんなに「物欲」はあるほうではないが、ごくたまに「おっ、これは!」という不意の出会いをすることがある。

この陶製の置物もまた、こうして出会ったひとつ。数年前、ふらっと立ち寄った家の近所のアンティークショップの片隅に、それはひっそりと佇んでいた。そして、そのモダンでどことなくユーモラスな風情と、緑青のような渋い色合いにぼくはすっかりやられてしまった。

手に入れたその置物には、意外なことにしっかりとした木箱までついており、そこには「正文作」という立派な箱書きまで記されていた(以来、この置物は我が家で「マサフミ」と呼ばれることになる)。いくつかの手がかりを頼りに調べてみると、どうやらそれは藤平正文という清水焼の陶工の手で昭和3、40年代ごろにつくられたものとおもわれる。「藤平正文窯」(現「藤平陶芸」)では多数の「花器」や「茶碗」などを制作しているが、どうやらこの陶工の名は代々受け継がれているようで、時代的にかんがえてこれは「二代藤平正文」の作になるものらしい。ほかにも同様の作品を多数つくっていたのか、あるいは制約のおおい「花器」や「茶道具」の制作の合間に自由な発想で、いわば「遊びの精神」のもとこしらえたものなのか、そのあたりのことは残念ながらよくわからない。

ところで調べているなかで、ひとつ重大な事実が明らかとなった。このひとの名前の読み方なのだが、どうも「マサフミ」ではなく「セイブン」と発音するのが正しいらしい。そうだったのか・・・。

まっ、いいや、うちは「マサフミ」で。

日本の夏は白い。
2005.8.20|column

あらためて思うこと。日本の夏は、なんか白い。

湿度や太陽の位置が高いこと、それに空気の汚れのせいもあるかもしれない。ぼんやり薄い皮膜に包まれたかのようなまどろっこしさが、日本の夏の景色にはある。

それとは正反対なのが、北欧の夏。

そこでは、空の「青」も雲の「白」も、それに木々の「緑」も、じつはいろいろな「青」が「白」が、そして「緑」があるということに気づかせてくれる。清澄な空気の中、瑞々しくヴィヴィッドにいきづく「色」、「色」、「色」。

どんな豪華な食事よりも、にぎわう観光スポットよりも、このうつくしいパレットのような「北欧の夏」をぼくはえらぶ。

震災時帰宅支援マップ
2005.8.21|book

最近でかけるときに持ち歩いているのがこれ、『震災時帰宅支援マップ 首都圏版』(昭文社)。

火曜日の宮城県沖につづいて、きょうも新潟県中部で「震度5強」の地震を観測した日本。もう、いつどこで巨大地震が発生したとしても不思議ではない、いよいよそんな状況になってきたような気がしてなりません。

この『震災時帰宅支援マップ』は、外出時に、不幸にも交通機関のマヒをきたすような災害に見舞われたとき、自力で最寄りの「安全な場所」まで避難するとともに、最終的には「自宅」まで無事帰還することを目的としてつくられたマニュアル的色合いの濃い地図なのです。

この地図の特徴は、都心から埼玉、千葉、神奈川へと放射状に伸びる16の幹線道路を「帰宅支援対象道路」と位置付けて、その道筋にそって詳細な情報とともにまとめているところにあります。

コンビニやトイレ、病院、ガソリンスタンド、また一時避難場所に適した公立学校の場所などのほか、「ブロック塀」「歩道狭い」「両側切り立った崖」といった要注意ポイントもあわせて記載しているところが、ふつうの地図とはおおきく異なります。

幹線道路からはずれた全エリアを掲載しているわけではありませんが、ふだん持ち歩く地図としてもじゅうぶんに役立つ内容のものになっているのではないでしょうか。それに、薄く重さもさほどではないので、女性がバッグにしのばせておくぶんにもさほど不都合は感じられないと思います。

もうじき「防災の日」もやって来ますが、ぜひオススメしておきたいと思います。

いいオトナが、
2005.8.22|column

板橋区の実家から「荻窪」へと引っ越してきたとき、さいしょに感じたのはこういうことだった。

なんだ、このユルさはぁぁぁ

これをべつの表現に置き換えると、こうなる。

いいオトナが、平日の昼間っからアイスクリームをなめながらぶらぶらしていても「通報」されない街

それまで暮らしていた街は、都心から地下鉄で15分ほどのところに位置する大きな「団地」だった。住民のほとんどはサラリーマン家庭のうえ、当時はまだ老人も少なかったので平日の昼間にはその街から「男」の姿が消えた。そのため、平日の昼間にぶらぶらしている「いいオトナ」は、なんとなく居心地の悪い空気を感じてしまうようなところがあったし、あたらしい団地は清潔で必要十分な設備は整っていたけれど、残念ながらそんな「いいオトナ」を収容する「受け皿」までは用意されていなかった。

ところが、である。中央線沿線のこの街ときたら、平日の昼間っから正体不明の「いいオトナ」がたくさん、平然と街中を徘徊しているではないか!しかも、そんな「いいオトナ」たちをみかけても、だれもべつだん気に留めている様子もない。いいのか、そんなことで!いや、全然いいんじゃないっすかね~。というわけで、ぼくもどんどん加速度的にこの底なし沼的ユルさの中へとずぶずぶと引きずりこまれてゆくのだった。まずは商店街の、いまはなくなってしまった「ぼぼり」というアイスクリーム屋でペロペロとアイスをなめ、それから古本屋や中古レコード屋を何軒かハシゴする。それからふたたび、なにかあたらしい店でもできていないものかと散策をはじめるといった具合に。唯一の「欠点」は、そんな散歩の折に一服つけるような気のきいた喫茶店がないことだったのだが、いまはだいじょうぶ。moiがある。

ご多分にもれず、平日のmoiにはそんな「いいオトナ」たちがあつまってくる。店内に、他愛のない会話とユル~い空気が充満する。京都や大阪、神戸の古い喫茶店しかり、「オトナの街」にはそんな「いいオトナのための受け皿」がさりげなくあってほしいものである。そういえば、ヘルシンキでもよく「いいオトナ」がアイスクリームをペロペロなめている光景とでくわす。喫茶店も多い。いいオトナがユルユルと過ごせる街という意味では、案外「ヘルシンキ」も「荻窪」も似ているのかもしれない?!

キッチン・ストーリー
2005.8.23|cinema

みなさん、『キッチン・ストーリー』という映画ごらんになりましたか?たしか一年くらいまえに劇場公開された作品ですが、ようやく遅ればせながらDVDで観ることができました。

「台所における独居老人の行動を研究するため、スウェーデンからノルウェーの寒村へと派遣された調査員と老人との心の交流」というヘンテコなシチュエーションもさることながら、とにもかくにもジャッキー・チェンの映画と対極をなすような(?)《静の世界》こそがこの作品の特徴といえるかもしれません。主人公は老人と中年の調査員の男ふたり。しかも、ほとんどのシーンが「こじんまりとした台所」のなかで展開されるというミニマムな作りで、まるで溶けてゆく氷をじっと見ているかのような気分になってきます。

それでも、しずかに、ひたすら感情を押し殺したかのようにやりとりされるふたりの会話の中にも、スウェーデン人ゆえの、またノルウェー人ゆえの性癖や考え方のちがいが表現されていて、目をこらして、耳をすましてみるといろいろな興味深い《発見》があります。もし、以前この映画をみてピンとこなかったというひとがいたら、ぜひW・ブラインホルスト『われら北欧人』という本を読まれてからあらためてご覧になられることをおすすめします。

「兄弟」の話
2005.8.24|column

moiの「兄弟」にかんするニュースををひとつ。

ここmoiを設計していただいた建築家、関本竜太さん(RIOTADESIGN.主宰)の作品が、現在発売中の『新建築住宅特集』2005年9月号で紹介されています。

さて、最近ではすっかり「売れっ子」の関本さん、手がけた作品の数もどんどんふえています。じっさいWEBサイトの「ポートフォリオ」をみても、わずか3年しかたっていないにもかかわらず「moi」の写真などすっかり下~の方へと「埋没」してしまっておりクライアント的にはあまりおもしろくなかったりもするワケですが(笑)、それでも(?!)今回『新建築』誌に初掲載されたことはとてもよろこばしく、「おめでとう」と心から祝福したい気持ちでいっぱいです。

以前、『新建築』に作品をとりあげられるということはすべての若手建築家にとっての「目標」という話をきいたことがあります。ここでとりあげられてはじめて一人の建築家として認められた、それはそんな意味合いをもつのだそうです。次の「目標」にむけての大きな励みとなりそうですね。

ところで今回とりあげられたのは、「Hakko」という名前の山中湖畔にたつウィークエンドハウス。写真をみるかぎり、成熟したクライアントさんの趣味を物語るかのようなシンプルで澱みのないデザインという印象をうけます。「都会での生活」や「仕事」を一切持ち込まない、フィンランド人にとっての「ケサモッキ(サマーハウス)」にちかい空間なのでしょうか。そして室内にいても限りなく外にいるかのような、光や風を感じることのできそうな「開放感」もいいですね。

クライアントの目からみて言えるのは、関本さんというのはクライアントのことばにとてもよく耳をかたむける建築家だということです。速球を投げれば速球が、変化球を投げれば見事なまでの変化球がかえってきます。クライアントは、そんな楽しい(ときにしんどい...笑)キャッチボールをつづけながら、やがてその「思い」がひとつの「空間」に結実してゆくことに気づくのです。あくまでもひとりの建築家の「作品」でありながら、そこにクライアントの「顔」がはっきりと刻み込まれていると感じるのは、おそらくそうした彼の設計プロセスあってのことでしょう。

ぜひ本屋さんでみかけたら手に取って、写真のむこうにみえるそんな「やりとり」の数々を想像してみてください。「建築家のしごと」が、すこしだけわかったような気分になれるかもしれません。

判断に困ります。。。
2005.8.25|column

どうも近ごろの台風は、来るのか来ないのか、来ないのか来るのか判断に困る「客商売泣かせ」の台風ですね。

外の様子を横目ににらみながら、まもなく19時。雨はやや強いものの早じまいするほどでもなく、それでも客足は完全に止まってしまっている。この「金縛り状態」のまま、とりあえずは通常の閉店時間まで粘ることになるのかな?

むしろこのぶんだと、あしたの開店時間を遅らせるはめになりそう・・・。とりあえず正午開店、状況次第ではもうすこし押すかもしれませんのでよろしくお願いします。もちろん、朝起きたら雲ひとつない青空~という場合は通常通り開けますけれど、さてどうなるでしょう。

台風一過
2005.8.26|column

台風は深夜に千葉市に上陸し、そのまま東の海上へと抜けていったようです。早朝には雨もあがり、いまはすっかり台風一過の青空がひろがっています。もちろん「moi」も通常通り11時より営業中。しかし・・・、暑い。

moiでは去年の秋、台風で「プチ床下浸水」に見舞われているので今回もかなり戦々恐々としていたのですが、おかげさまで東京地方は暴風域にはいりながらも、運よく猛烈な雨雲の塊の直撃からは逃れることができたため無事でした。ホッ。

ところで今回風雨の襲来を予測するのに、以前お客さまから教えていただいた、この「防災情報提供センター・リアルタイムレーダー」がとても役立ちました。とくに台風の場合、デカい雲の塊がくるくる渦巻きながら移動しているので、バリバリ文系のぼくでもその動き方を見ればこれから一時間後、二時間後にどのあたりが豪雨に見舞われるかがある程度予測可能なんですよね。今回も日付が変わる前にチェックした時点で、これなら大丈夫そうだな、というのが予測できたおかげでゆっくり眠りにつくことができました。インターネットよ、ありがとう。

とはいえ、これで台風のシーズンが終わったわけではありません。用心には用心を。気がかりなのはわかるけれど、よいこのみなさんは台風のまっただなかに畑の様子を見にいったり、屋根に上がったりするのだけはやめましょう、ね。

iTMSで遊んでみた
2005.8.27|column

パソコン(mac)のハードがある日突然クラッシュしてしまい、おかげでなしくずし的にOS.10ユーザーの仲間入りを果たしたという話は、以前こちらでも書いたとおり。せっかく「OS.10ユーザー」になったのだからと、今月オープンしたばかりの「iTunes Music Store(iTMS)」で遊んでみた。

iTMSはアップルコンピュータが運営するミュージック・ダウンロード・ストアで、期待されていた日本国内でのサービスがようやくスタートし話題になっている。

ダウンロードできる曲はぜんぶで100万曲以上と鳴り物入りでのスタートだったのだが、いざフタをあけてみるとなぜか探している曲(アーティスト)にかぎってみつからない。打率にしたら2割くらいだろうか。かなり欲求不満気味。一曲150円という価格については、まあ妥当なところ?いままで一曲だけのためにアルバムを買ったりしたこともあったことを思えば、かえって「安い」といえるかもしれない。

ところでぼくは、このiTMsを利用してこんなふうに遊んでいる。 お気に入りの曲のタイトルを入力してストア内を検索すると、いろいろなアーティストによる「カヴァー・バージョン」をかんたんにみつけだすことができるのだ。ぜんぜん知らなかったり、あるいは意外なアーティストがカヴァーしていたりして、なかなかおもしろい。こういう場合、その一曲のためだけにアルバムを一枚買うというのはけっこう勇気がいるところだが、一曲単位で気楽に購入できるのはとても便利だ。これから先、もっともっとラインナップが充実してくることがあれば、このiTMSを利用する機会も人ももっとふえるにちがいない。

残る問題は、ぼくがいまだにiPodを持っていないという事実だろうか・・・。

ムーミンと秋田の山菜と
2005.8.28|cinema

手帳の余白にちょこっとメモっておいてほしい、たのしい「おしらせ」をふたつ。

ひとつめは、おなじみ「Kino Iglu(キノ・イグルー)」の上映会情報です。

「こどもえいがかん 01」と題して、9/10[土]に「IID 世田谷ものづくり学校」にてパペット・アニメーション版「ムーミン」の上映会があります。1970年代にポーランドで製作されたこの作品については、日本では2年前に劇場公開され、現在はDVD化されているため「観たことがある」、あるいはもしかしたら「毎日観ている」などというひともいらっしゃることでしょう。けれども、この上映会のようにおおきなスクリーンで、客席のこどもたちの素直なリアクションを耳にしながらあらためて観なおしてみるというのも、なかなかたのしい体験といえそうです。
毎回おたのしみのスウィーツは、嶋崎ナナさんといがらしろみさんのユニット《Biscuitier》がこの日のイベントのためにつくる特製のビスケット。イベントの詳細&予約はKino Igluのサイトをごらんください(フライヤーはmoiにも置いてあります)。

ふたつめは、すてきな貼り絵でおなじみのみやまつともみさんからのおしらせです。

青山の「BOOK246」内にあるTravel Galleryにて、8/31[水]までみやまつさんの原画展「秋田へ。山菜をさがしに」が開催中です。これは、現在発売中の雑誌「PAPER SKY no.14」特集:秋田のたからもの 自然と歩く旅のためにみやまつさんが制作した貼り絵の原画を展示するもので、なんと最終日の31日には15時~20時くらいまでみやまつさん本人による貼り絵の実演&販売もあるとのことなので、ぜひ興味のあるかたは足を運ばれてみてはいかがでしょう。どうしても時間がなくて・・・というひとは、ぜひ本屋さんで「PAPER SKY」を手に取ってみてください。「秋田の山菜図鑑」というページですが、とにかくいいですよ。おすすめです。

なお、みやまつさんのポストカード、北欧雑貨をモチーフにしたものを中心にmoiでも再入荷しました。よろしければぜひ!

1965年のカンビール
2005.8.29|column

1965年に出版されたある雑誌をパラパラめくっていたら、こんな広告をみつけた。それは「カンビール」の広告だった。

誌面には、「プルトップ キリン缶ビール 新発売!」という大きな黒い文字がおどっている。さらに、こんなキャッチコピーも添えられているのだった。

「カン切りのいらないカンビール!」

ビックリマークつき、である。さらに説明文が、それがいかに革命的な事件であるかを主張する。

「つまみを指で押し上げて引っ張るだけで簡単にあけられます。」

つづいて、

「いっぺんに 大きなアナがあくので吹き出しません。」「ゴクゴクゴクッとひと息にーキリン缶ビールのあたらしい魅力です。」

そういえばたしかに、子供のころ「トマトジュース」の缶はそんなふうにカン切りであけて飲んでいたなァ。中身を出すための大きめの穴とちいさな空気穴、ふたつの穴をあけていた。けれども缶ビールまでもがそんな具合だったとは、まったく知らなかった。いったい、当時はみんなどのようにして缶ビールを飲んでいたのだろう。グラスに注いで、では「缶ビール」の意味がないだろう。かといって、カン切りであけた「穴」から飲んだのではいかにもまずそうだ。やはり、かんづめのようにカン切りでフタを全部あけて飲んでいたのだろうが、気をつけないと口を切る心配がある。なかには血まみれになったヤツもいたにちがいない。

けれどもそれにもまして「革命的」だったのは、「吹き出さない」という点にあることはこの広告を読めばあきらかである。缶ビールを飲もうとして、はからずも優勝した野球チームのビールかけ状態になってしまうひとびとが後をたたなかったのだろう。「おいおい、優勝祝賀会じゃないんだから」、飲むひとはそう考える。ビール会社のひとは「なんとかならんものだろうか」、そう考えた。こうしてこの画期的な「プルトップ缶ビール」が世の中に登場したのだとしたら、NHKはすみやかに「プロジェクトX」でとりあげてもらいたいものである。

まあ、いきさつはともかく、いまぼくらが無防備に缶ビールのフタをあけているその背後にはからずもビールかけ状態になってしまった無数の名もないひとびとの存在があったということは、せめて心に刻みつけておいてもバチは当たらないのではないだろうか。1965年の雑誌はぼくにそう語りかける。

Let's Go Vote!~選挙へ行こう!!
2005.8.30|info

ジョン・カビラさんがナビゲーターをつとめるJ-WAVEのラジオ番組「Good Morning Tokyo」で現在展開中のキャンペーン《Let's Go Vote! ~選挙へ行こう!!》に、ここmoiも参加させていただいています。

連日テレビや新聞でも大きくとりあつかわれているとおり、きたる9/11[日]に「衆議院選挙」がおこなわれます。

とても乱暴な言い方をすれば、「政治」というのはぼくら国民が毎日を気持ちよく暮らせるよう、その下地をつくる仕事だと思うのです。とすると、その「仕事」がはたしてうまくいっているのかどうか、その答えを知っているのはぼくら「国民」にほかなりません。その「仕事」が首尾よく進んでいれば、きっとぼくら「国民」はいまの社会に満足しているハズだからです。もし満足していないのなら、「国民」はそのことを政治家に伝え、軌道修正してもらう必要もあるでしょう。「選挙」とは、ぼくら「国民」が「投票」をつうじて政治家の「仕事ぶり」を採点するためにあるのです。だから、いま自分が気持ちよく毎日を暮らせているかどうか、「選挙」に行くことで「政治を仕事とするひとびと」に伝えることが大切です。

たとえばぼくの場合、いちばん気にかかるのは「税金の使われ方」です。

北欧はよく、税金の高い国といわれます。じっさいフィンランドでは、買い物の際たいていのものに22%もの付加価値税がかかります。その一方で、教育費や医療費がタダであったり、出産にかかる費用も大部分がタダ、また「年金」も最低限の暮らしが保証される程度の金額は支給されます。つまりフィンランドでは、「税金」は目にみえるかたちでいずれ自分たちの暮らしに返ってくるものなのです。それに対して、日本の消費税はたったの5%にすぎません。けれども、いったいその税金がどのように使われているのか、ぼくらの生活にどのように返ってくるのか、そのゆくえはあいまいです。ふたつの国は人口もちがいますし、どちらが勝っているかと安易に決めつけることはできませんが、自分たちの「暮らし」という視点からみたとき、どちらが損でどちらが得なのかと、ついつい考えてしまいます。「税率」だけでなく、いったいその税金をどのような考えに立って、どのように使おうとしているのか、そうした点を「国民」に対してクリアに示してくれる政党なり候補者なりをぼくは選びたい、そう考えています。

話は戻りますが、今回このキャンペーン期間中、moiではJ-WAVE「Good Morning Tokyo」特製の缶バッジ(画像)をご来店いただいたみなさまに配布中です。店をはじめて以来すっかり選挙から足が遠のきがちだったぼくも、今回はかならず行きます。みなさんもぜひ、今回は「選挙」に行ってみませんか?

※なお、この缶バッジは数量に限りがあります。品切れの際にはどうかお許しを。

たまたま目にはいる
2005.8.31|column

アメリカ南部を襲った猛烈なハリケーン、「カトリーナ」。テレビでは、壊滅的な被害を受けた街の様子をニュースキャスターがリポートしていた。背後にみえるのはなにかのショールームだろうか。大きなガラス窓は完全に割れ、なかはあらゆるものが散乱しているようなありさまだ。

おっ?そのとき、目にはいったのはこんなもの。

イームズの「ラウンジ・チェアー」。映画監督ビリー・ワイルダーのためにデザインされた椅子だ。

うわぁ~、もったいない。

先日もちょっと触れた、1965年のある雑誌。あっ!料理のレシピを紹介するページで目にはいったのは、こんなもの。

目ざといひとはもうおわかり、ですよね?画像左手に写っている白いホーロー鍋。

エステリ・トムラが絵付けしたFINEL社のキャセロール。アンティ・ヌルメスニエミのポットなどもつくっていた、フィンランドのホーロー製品メーカーのものだ。「VEGETA」という名前のこのシリーズ、ちょうど60年代なかばから70年にかけて製造されていたものなので、まさに「現役バリバリで活躍していたころの写真」といったところ。

それにしても、この時代の日本の雑誌に姿をみることができるということは、つまり当時日本でも販売されていたということだろうか?どこか日本の台所の片隅で、いまも毎朝コトコトと「豆腐のみそしる」でもこしらえているのだとしたら、それこそたまたま目にしたい眺めではある。

2005.9
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