#153 いつかの物語とそのつづき

ひさしぶりに森からの配信。サクッサクッと霜柱を踏んでいつものベンチへ。鳥の声と飛びかう影の下ではじまりを待ちます ──

Moi!フィンランドをもっと好きになる153回目のレポートをお届けします。メニューはこちら。


シベリウスからみえる景色

最初の報告はミホコさん。東京文化会館で開催された【佐藤まどか&安田正昭デュオ・リサイタル】を鑑賞しました。ヴァイオリニストの佐藤まどかさんは、シベリウスの研究もされているとのこと。今回のリサイタルでは、2曲のシベリウスの楽曲が演奏されました。

まずはヴァイオリン・ソロで《幸せな音楽家》、「ひとりでもすごい!」とミホコさん。《四つの小品 op.115》では、「シベリウスを聴くとすぐにフィンランドの風景、とくに春と夏が目に浮かぶのですが、今回は秋にしとしと雨が降り、冬へと移り変わっていくような情景を感じました」と。

©︎mihoko-san

そのほかメシアンやドビュッシーなどを演奏。「デュオで2時間の演奏は大変だったと思いますが、すごくいい時間でした」とミホコさん。ブログで鑑賞記を書かれているので、ぜひそちらも。

▶︎ リサイタル鑑賞記|北極星を真上に見上げて

イ:(フィンランドやその場所を)知っていると深く親しみがわきますよね。
ミ:そうですね。寂しげで静かな曲もとても情熱的に聞こえました。
イ:メシアンというのは取り合わせがおもしろいですね。
ミ:《イソヒヨドリ》は鳥がそのまま鳴いているような曲で。
イ:メシアンは「鳥オタク」ですものね、笑。自然との交歓がテーマだったのでしょうか?
ミ:ええ、プログラムにもそのようにありましたね。とにかくすごかったですよ。
イ:そういう話を聞くと行っておけばよかったといつも思いますよね。


ロヴァニエミの夜明けを

もうひとつ、ミホコさんから。NHK Eテレで『世界サンライズツアー』を観ました。世界各地をリアルタイムで繋いで、現地の日の出を紹介する番組。3月2日の放映では、オーストリア、フィンランド、コスタリカを中継。4日に再放送、見逃し配信もあります。

▶︎ 世界サンライズツアー|NHK

イ:自分も観ました。フィンランドはロヴァニエミからでしたね。
ミ:最後にソリに乗って、ひゅーっと、笑。
イ:この時期、日の出の時間じゃないだろうと思いましたけど、録画で。
ミ:キュキュっという雪の音がよかったです。
イ:街の紹介写真、間違ってましたよね。ノルウェーかアイスランドか、どこか別の場所で。
ミ:そうでしたね。あれはまずいです、笑。
イ:朝ごはんの紹介もありました。朝からトナカイを。
ミ:わかりやすくでしょうか。サウナや編み物もありました。
イ:こんな細かくつっこむのは自分たちくらいかもしれませんけど、笑。
ハ:(これまでなんとかがんばって来たな自分、と思いながら聞いていました)


フィンランドの街づくりゲーム

次の報告は岩間さんから。NHKの番組『ゲームゲノム』で取り上げられたフィンランドのコンピューターゲーム《シティーズ:スカイライン》について。「シムシティとかモノポリーとか、まちづくりのゲームってありましたけど、このゲームの特徴はリアルなところ。ちゃんとインフラを整備しないと住民から不満が出たりする、笑」。

「日常感が溢れているそのリアルさがフィンランドならではかな。ゲームをしながら社会の仕組みを学べるといったところもあるかもしれないですね。社会への参画意識を育てるというか」と岩間さん。「選挙版もあったらいいのに」とミホコさん。

▶︎ ゲームゲノム|NHK

イ:ゲームやらないんですけど、みなさんは?
ミ:ほとんど、しませんね。
ハ:すみません、自分も全く、笑。
イ:フィンランドのゲームも《アングリーバード》くらいしか知らなくて。
ミ:ゲームをすると時間を吸いとられそうで。
イ:そんなゲームをしない人たちでゲームの話をしてますけれど、笑。


カレリア地方を旅する写真家

三番目は自分の報告です。フィンランドセンターのアートレクチャー「カレリアニズム」をオンラインで視聴しました。講師は、美術史家でもあるアンナ=マリア・ウィルヤネン所長です。

「カレリアニズム」は19世紀後半にフィンランドで隆盛したムーブメント。美術だけでなく、写真、建築、デザイン、音楽など、フィンランドの文化に大きな影響を与えました。そのきっかけとなったのがフィンランドの国民的叙事詩『カレワラ』(1835年)。その出版日である2月28日は「カレワラとフィンランド文化の日」として旗日となっています。

これまで当時のアーティストや作家たちがなぜ『カレワラ』やカレリア地方にアイデンティティを求めたのか、その理由がよくわかりませんでした。『カレワラ』の内容自体、神話のようなとても非現実的で荒唐無稽なものです。そうしたものにどうしたら自分たちのアイデンティティを見出すことができるのか。

ある意味でフィンランドは他国の為政者によって歴史を奪われてきたように思います。産業化による社会不安、独立への機運の高まりといった状況の中で、とにかくなにか拠り所となるものが必要だったのかもしれません。いつまでも変わらないもの、誰からも変えられないもの、自分たちだけの物語。それが『カレワラ』とその世界観が残るカレリア地方だったのだろうと思うようになりました。

I.K.Inha
I.K.Inha, 1894|Suomen valokuvataiteen museo

今回のレクチャーで最も印象に残ったのは、I.K.Inha(本名:イント・コンラッド・ニューストロム)という写真家について。彼は『カレワラ』を編纂したエリアス・リョンロートの足跡を辿るため、1894年にカレリア地方の村々を旅して、数多くの写真を残しました。

彼の名前で画像検索すると、当時の風景やそこで暮らす人々の姿を見ることができます。もしも自分がフィンランド人であったなら、ここに自分たちのルーツや物語が存在すると思わずにいられないほど魅力的な写真だと思いました。アンナ=マリア所長によると「彼の写真はガッレン=カッレラの絵と同様に『カレワラ』の象徴としてフィンランドの人々の心に刻み込まれています」とのこと。

ミ:ハラダさん、質問があります。
ハ:はい、なんでしょう?
ミ:カレワラを読む連載がありましたよね。
ハ:あ、中断していました。また続きを書きます!(フィンランドのカレワラを旅する


東京都写真美術館【記憶:リメンブランス】

つづいて、フィンランドの写真家マルヤ・ピリラの【インナー・ランドスケープス、トゥルク】の展示とアーティスト・トークがあると聞きつけ、東京都写真美術館へ行ってきました。

【インナー・ランドスケープス】は8組の高齢者をモデルに、マルヤさんによるカメラ・オブスキュラを利用したポートレイト、Satoko Sai + Tomoko Kuraharaのおふたりによるモデルの方々のアルバム写真を転写した陶器、そしてそれぞれの人生を語るインタビュー動画からなる作品です。

まず部屋自体をカメラ・オブスキュラにして、外の景色を室内に投影する。それと同時にその部屋で暮らす本人をモデルとして写真を撮るというもの。「いろいろなレイヤーを積み重ねた世界がそこにはあります」とマルヤさん。部屋、景色、日常生活、これまでの人生、光、記憶、時間‥‥。「インナー・ランドスケープス=内なる景色」とは、その人だけが持つ一人ひとりの物語なのかもしれないと思いました。

「(厳しい時代を生きてきた彼らのインタビュー動画は)いま見ても胸にせまるものがあります。すこし長いですが時間をつくって見てもらえるとうれしいです」とマルヤさん。写真、陶器、インタビューを行ったり来たりしながらゆっくり鑑賞することをおすすめします。

▶︎ 記憶:リメンブランス|東京都写真美術館 (2024年3月1日〜6月9日)

配信がはじまってすぐの頃、渋谷公園通りギャラリーで開催された【インナー・ランドスケープス、トーキョー】について話したことがありました(#004)。オリジナルのトゥルクはどんな展示だったのだろうとずっと気になっていたのですが、3年越しで観ることができました。順番は逆になりましたが、物語のつづきを見ているような気持ちでした。

さらに【inner landscapes, other stories】という展示(2024年3月2日〜4月14日)があることを知り、会場のPOETIC SCAPEへ。3月17日までヘルシンキのタイデハッリ美術館で開催されているマルヤさんの回顧展【Valon tähden|Because of Light】やトゥルクの【インナー・ランドスケープス】の図録などもありました(回顧展の図録は5冊限定で販売も)。写真美術館の近くなのでぜひご一緒に。

▶︎ POETIC SCAPE


ミカ・ヴァルタリ『エジプト人 シヌヘ』

そして、フィンランドの作品を紹介する出版社「みずいろブックス」から、ミカ・ヴァルタリ『エジプト人 シヌヘ』(セルボ貴子 訳/菊川匡 監修/上山美保子 編集協力)の情報が公開されました。

このお知らせを、みずいろブックスのOさんとセルボ貴子さんからいただいたとき、とにかくうれしい気持ちになりました。ミホコさんに教えてもらって偶然出かけたヨーロッパ文芸フェスティバル。そこで『エジプト人 シヌヘ』のことを知り、会場でおふたりとお会いすることができました。

それからは応援というよりもただ遠くから見守るだけで、本作りや翻訳の大変さを想像するしかありませんでした。その間にもMoiのことを気にしてくださったり、反対に自分が勇気づけられることも度々ありました。『エジプト人 シヌヘ』の完成もまた、おふたりから物語のつづきを見せてもらえたように思っています。はい、とにかくうれしいです。

▶︎ みずいろブックス


フーさんから日本の子どもたちへ 続報

最後にお知らせです。3月30日にトークイベント【フーさんから日本の子どもたちへ】をミホコさんが開催されます。こちらは子どもたちへの寄付金集めを目的としたプロジェクトで、これまでカフェmoiでも数回行われてきました。今回の内容はこちら。

■ ミホコさんによるトーク
 ① ちょっとディープなフィンランド
 ② アアルト書簡集 あとがき
 ③ 切手で旅するフィンランド

■ 岩間さんの淹れるコーヒー
 ちっちゃなお菓子セット付き

■ ミホコさんの元に集まったグッズ放出
 フィンランドのものいろいろ

開催場所は、西武池袋線大泉学園駅近くのレンタルスペース。会場の都合上、全3回の入れ替え制で各回10名までとなります。参加募集は今週中に開始予定(SNSでもお知らせします)。ご参加をお待ちしています!


── 配信開始から1年ほどはずっと近所の森からお届けしていました。今回はちょっと物語のはじめに戻ってみようと思いました。当初はまさか3年続くとも、レポートを書くことでなにかが残るとも考えていませんでした。でもここに来てようやく、どこかで物語が続いていたんだなと思えるようになりました。物語は語り継ぐことで続いていく。続けることでしか続かない。それでは今回はこの辺で、次回もお楽しみに。

text : harada

#153|Old Stories – Gerald Situmorang