リュイユが映す世界〜フィンランドの変わり続ける織物

 2023年、リュイユの歴史を辿る日本初の展覧会「リュイユ─フィンランドのテキスタイル:トゥオマス・ソパネン・コレクション」が京都国立近代美術館にて開催。

 リュイユとは、毛足の長いパイルが特徴のフィンランドを代表する織物のひとつ。一見するとタペストリーやカーペットに似ていますが、その用途や造形は驚くほど変化に富んでいます。本展には、フィンランド屈指のリュイユ・コレクターであるトゥオマス・ソパネン氏の所蔵品から約40点が日本初公開されています。展示作品の中から厳選して数展をご紹介しながら、会場の様子やリュイユの魅力をお伝えしたいと思います。

目次
+ はじまりはヴァイキングの毛布
+ フィンランドを代表する織物に
+ 見るリュイユから感じるリュイユへ
+ より自由な表現を受けとめて
+ ソパネンさんのまなざし

はじまりはヴァイキングの毛布

入り口を入ってすぐの風景、さまざまな年代のリュイユが並ぶ

 明確に定義することはほとんど不可能なほどに独自の進化を遂げてきたリュイユ。そのルーツはヴァイキングが船上で使っていた毛布(ボート・リュイユ)に遡ることができます。水に濡れても固くならず暖かいリュイユは、荒れた海の上で厳しい寒さから人々を守ってくれていたようです。のちに内陸でも使用されるようになり、フィンランド各地に普及しました。

ウールのパイルは1本取り、撚りもゆるやかでとにかく暖かそう

 本展にも一枚、1814年に織られたボート・リュイユが出品されています。染料がまだ貴重だったのでしょうか、染めていない羊毛そのものの柔らかな白が印象的でした。ゆらゆら揺れる船の中でもひとときリュイユにくるまれば、丘の上で羊と一緒に眠っているような心地がしたのかもしれません。

 毛布として使われていた時代のリュイユは上下がわかるようになっているのが特徴です。3辺を囲うストライプのラインはよく見ると、赤と白の間にピンクの毛糸を挟んだグラデーションになっていました。材料を大切に使いつつデザイン性も諦めない、制限の中の工夫から生まれた美しさを感じます。

結婚式で使われた特別な日のリュイユ

 織ることも使うことも人々の生活と地続きだった時代のリュイユは、どこかおおらか。中には途中で糸が足りなくなってとつぜん色が変わっているものや、擦り切れてパッチワークのようになっているものも。けれどもその一生懸命さがいじらしく、日々の使用に耐えてきた逞しさはリュイユに活き活きとした印象を与えています。

 200年も前のこのリュイユを織ったのはどんな人で、誰を温めていたのでしょうか。今となってはわからないけれど、当時の人々の暮らしの温度や、切実さの中にきらりと光る感性をパイルの間に感じられるような気がしました。

 その後、軽くて暖かいキルトの登場により、リュイユの毛布としての実用性は次第に薄れていきます。変わって装飾性が強くなり、ベッドや壁にかけるなど、室内を美しく飾るための織物として生活の中で楽しまれるようになりました。


フィンランドを代表する織物に

古い時代のリュイユたち(右壁面)

 19世紀末から20世紀初頭にかけて、フィンランド国内の手工芸は、ロシアからの独立を目指すナショナル・ロマンティシズムの高まりにより、知識階級の人々によって積極的に収集・保護されるようになりました。その流れを受け1879年、フィンランド手工芸友の会(Suomen Käsityön Ystävät、以下SKY) が設立されます。

 リュイユも、フィンランド人のアイデンティティを表す織物として、さらに失われつつある手仕事として注目を集めます。SKYは伝統的な柄のリュイユを復刻するとともに、第一線で活躍する画家や建築家と組んで新たなデザインのリュイユを世に送り出しました。

右:ヴァイノ・ブロムステッド《馬》

《馬》は、画家であるヴァイノ・ブロムステッドのデザイン。市井の人々が織ったリュイユでは柄の中で静止していた馬たちが、のびのびと空を駆けていきます。左右の地の部分は遠くから眺めるとくすんだ緑色に見えますが、近寄ってみるとウールのパイルは繊細で、実にさまざまな色が組み合わされていました。まるで一本いっぽんの毛糸を、リュイユというキャンバスの上で絵の具のように混ぜているみたい。

 動きの一瞬をデザインに落とし込む描写力と、類い稀なる色彩感覚。ユーゲントシュティールの芸術家がデザインした優美なリュイユに、時間を忘れるほど魅了されてしまいました。

落ち着いたトーンの色の中にぽつんと鮮やかなオレンジが

 一方、近代化により生活様式は変化し、家庭の中でリュイユが織られることはなくなっていきました。そこで、SKYは自ら手を動かすことの楽しみを伝えるため、キットの販売を始めます。《馬》は一般の住宅にも合うように小さなサイズにリデザインされ、誰でも自宅で織ることができるようになりました。《馬》のキットは現在も販売されています。

 同じデザインのリュイコが時代を超え、熟練の職人から初めて機(はた)に向かう人までさまざまな作り手によって織り継がれていることも、リュイユの面白さのひとつです。


見るリュイユから感じるリュイユへ

ヴァローリ・リュイユが並ぶ部屋

 1930年代以降、リュイユにおける表現に新たな潮流が生まれます。これまでのリュイユで主流だった模様や柄は次第に息をひそめ、色や質感そのものが前面に現れるようになっていきました。ヴァローリ・リュイユと呼ばれるこれらの作品こそ、実際に会場で体感していただきたいリュイユです。

 ウフラ=ベアタ・シンベリ=アールストロム《採れたての作物》は緑・赤・紫の3色のシンプルな構成ですが、目の前に立つと暗さの中に独特の鮮やかさで赤と紫が立ち現れ、まるで中央の緑に吸い込まれてしまいそう。

《採れたての作物》一色の中にもたくさんの色が。不揃いのパイルがたゆたう

 それまでのリュイユは装飾的な模様を楽しむ、あくまで平面的な世界に属していたように思います。色の時代のリュイユは、形になる以前の見えない世界を漂っているような、向かい合った時に受ける印象や感覚にこそ魅力を感じました。

 絵画とも違う、見る角度や光によってもさまざまに変化する色。実際に無数のパイルが空間に飛び出していることによる物質感、そして毛先の一つひとつが纏う空気。作家たちは、体感や直感でしか感じられないものに向き合いながら織っていたのではないでしょうか。

 ヴァローリ・リュイユのゆらめくような色や線は即興的に表現されるため、デザイナーと織工が機の前に並んで座り一緒に色を選びながら織り進めていったそう。独りではないからこそ、この色は出せたのかもしれません。

展示方法の違いでまた印象も変わります

より自由な表現を受けとめて

リッサ・サルマンヴァーラ《紅葉》

 ヴァローリ・リュイユによってもたらされた新しい価値観に続き、リュイユは作り手の自由な発想を次々と受けとめていきます。これまでも芸術家がリュイユのデザインを手掛けることもありましたが、素材(ウール)や形(四角形)は毛布として使われていた時代からの系譜に沿ったものでした。次第にアーティスト自身が作品としてリュイユを制作するようになると、春を待ち侘びていた草原のようにリュイユの表現は豊かに花開いていきます。

さまざまな質感や形をした現代のリュイユたち

 パイルの主流はウールでしたが、それまでは経糸にしか使われていなかったりネンやコットンも織り込まれるようになりました。また、ポリエステルや金属糸などの新素材が、ふわふわだけでない複雑な質感をもたらしました。時には、こんなものまで! と驚いてしまうような素材が織り込まれています。ぐっと近づいて目を凝らしてみてください。

 形もオーソドックスな四角形から、アーティストの自由な想像力にあわせて変化していきます。少しずつ波打つように凹凸ができ、壁面から立ち上がり、ついに平面から立体へと飛び出していくものも。

丸みを帯びた石を模しているアイノ・カヤニエミの作品《悲しみ》

 アイノ・カヤニエミ《悲しみ》は、織物というよりも駆刻という方がしっくりきます。ウールでできた石には冷たさがなくどこか温かみがあり、もこもこともすべすべとも同時に表現したくなる柔らかい印象です。パイルの間に何か光っているように見えたのでしゃがんでみると、ほんの少しだけ混じったアクリルと金属糸のきらめきでした。人工的に作られた素材なのに、本当に石の表面に朝露が降りているみたい。

 自然が変化する様子に心を託すようにして、ゆっくりと悲しみが癒えていく過程が表現されている、リュイコの世界により一層深みを感じた作品でした。


ソパネンさんのまなざし

 本展のタイトルからもわかる通り、出品されているリュイユはトゥオマス・ソパネンさん所蔵のもの。そのコレクション数は、フィンランド国立博物館に次いで第2位の650点以上(2023年現在)にものぼります。短期間にこれだけの数を集めたというのも驚きですが、ソパネンさんのご専門はなんと植物学。1997年のある日、アンティークショップの店先で自宅のリビングにぴったりのリュイユに出会ったことがきっかけで、コレクションは始まりました。

右端のリュイユは、ソパネンさんお気に入りの一枚

 また、特定の時代だけでなくリュイユの歴史全体を俯瞰してみることができるコレクションは唯一、ソパネンさんのものだけだそう。一枚のリュイユに惹かれて始まったリュイユへの愛と情熱は、いつしかリュイユの辿ってきた道のり全てを包み込んでいました。

 ソバネンさんのきらきらと輝く瞳は、時代の変化の中でさまざまに形を変えていくリュイユへの驚きに満ちているとともに、どんな姿も受け入れ楽しむ優しさに溢れています。その暖かなまなざしは、リュイユの織り手たちの豊かな創造力と静かな情熱の上にも等しく注がれているように感じました。ソパネンさんの隣を歩くようにして、展示されているリュイユを一つひとつじっくり眺めてみるのも楽しいです。

ソパネンさん自身がキットで織った力作も展示されています

 初期の頃と現代のリュイユを並べてみると、それらが等しくリュイユと呼ばれていることに本当に驚いてしまいます。本展を通して、作り手ひとり一人の個性を柔らかく受け止める、リュイユというジャンルの懐の深さに出会うことができました。そしてそれはリュイユをこよなく愛するソパネンさんという存在がいたからこそ感じられたこと。ソパネンさんのまなざしを通して織り手の人々の心や指先に触られたことが何より嬉しかったです。

 毛布として誕生してから幾度となく消滅の危機に瀕する度に、そこには新たな形や役割を見出してくれる人々がいました。そしてリュイユは今も変わらず人々に寄り添い、心を温めてくれています。個性豊かなリュイユは、そのままフィンランドの人々の心根を映しているようでした。人と美しい関係性を紡いできたリュイユ、次はどんな表情を見せてくれるのでしょう。

text : sakai
photo: harada

【 開催概要 】

リュイユ─フィンランドのテキスタイル
:トゥオマス・ソパネン・コレクション

会期:2023年1月28日[土]〜4月16日[日]
開館時間:
 10:00〜18:00(入館は閉館の30分前まで)
 金曜日は午後8時まで会館(4/14を除く)
休館日:月曜日

会場:京都国立近代美術館
 4F コレクション・ギャラリー内
観覧料:一般:430円/大学生:130円

URL:momak.go.jp/…/2022/451.html