フィンランド・デザインに宿るアートグラスの光

フィンランドを代表するデザイナーたちのガラス作品を集めた展覧会『フィンランド・グラスアート  輝きと彩りのモダンデザイン』が、東京都庭園美術館にて2023年6月24日より始まりました。

近年フィンランドやそのデザインに関する展覧会は毎年のように開催されており、これまでにも数々のアート作品やプロダクトが紹介されてきました。そのなかでも今回の展覧会の特筆すべき点は、日用品としてのガラス製品ではなく、より芸術的な「アートグラス」に着目しているところにあります。

目次

+ アートグラスとは?
+ デザイナーを支えるガラス吹き職人たち
+ カイ・フランクのデザインするアートグラス
+ アートグラスのある風景
+ フィンランド・デザインに宿る光


アートグラスとは?

まずこの「アートグラス」とは、いったいどのようなものなのでしょうか? フィンランドのガラスデザイナーたちは通常アーティストと呼ばれ、実用重視のガラス製品および芸術的なガラス製品の、二つの分野でデザインを行いました。この後者が「アートグラス」です。量産性や機能性から解き放たれ、個々のデザイナーたちの自由なアイデアや個性、造形力が色濃く反映されています。

(左から)アルヴァ・アアルト《フィンランディア[9753,0551-60,3031-600-00]》1937年 イッタラ・ガラス製作所/《サヴォイ[9750]》1937年 カルフラ・ガラス製作所, イッタラ・ガラス製作所

一点ものの芸術作品(アートピース)との違いは、基本的に「アートグラス」がカルフラ=イッタラ、リーヒマキ、ヌータヤルヴィといった、フィンランドのガラス製作所で連続生産されてきたことです。しかし芸術性といった観点からみると、その線引きが難しいほどの高い完成度を誇っています。

グンネル・ニューマン《カラー[T/75,6830]》1946年 リーヒマキ・ガラス製作所

1930年代、フィンランドのグラスアートはミラノ・トリエンナーレや万国博覧会で広く評価を得るようになりました。アルヴァ・アアルトのベースもそのうちの一つです。さらに1950年代には、それぞれのデザイナーやガラス製作所がしのぎを削りながら芸術性豊かな「アートグラス」を製作・発表することで、フィンランド・ガラスの国際的な地位を確固たるものにしました。

(左から)タピオ・ヴィルッカラ《アートグラス[3442]》1968年/《ユリアナ[0556/0557]》1972年 いずれもイッタラ・ガラス製作所

そうした評判は「アートグラス」以外にも波及し、日用品としてのガラス製品の売り上げにも良い影響を与えました。とはいえ、フィンランド・デザインのアイコンともいえるアアルトのベースでさえ、利益をもたらすようになったのは1980年代に入ってからだったそうです。「アートグラス」の存在意義を信じ、あくなき探究を続けてきたことが、今日におけるフィンランド・デザインの評価を築き上げた一因となっているようにも思います。


デザイナーを支えるガラス吹き職人たち

また、フィンランドのガラスは1970年代まで全て手作業で制作されてきました。当然のことながらデザイナーひとりの手によって作られているわけではありません。デザインやアイデアを具現化するためには、ガラス吹き職人の存在が不可欠です。とりわけ「アートグラス」は、デザイナーと熟練の職人たちとの協働作業・コラボレーションから生み出されるものです。

(右から)ティモ・サルパネヴァ《アートグラス[T/261]》1949年 リーヒマキ・ガラス製作所/《悪魔の拳[3530], 悪魔の真珠[3149]》1951年 イッタラ・ガラス製作所/ほか

会場に並ぶ数々の「アートグラス」を見つめながら感じていたのは、作品の向こう側にいるガラス吹き職人たちの存在でした。この作品はいったいどうやって作られたのだろう? より卓越した技術が要求される「アートグラス」であったからこそ、彼らの存在に想いをはせることができたのかもしれません。

タピオ・ヴィルッカラ&ルート・ブリュックか《アートグラス、ユニークピース》1940年代後半 イッタラ・ガラス製作所

カイ・フランクのデザインするアートグラス

出展作品の中でもっとも印象に残ったのが、カイ・フランクのデザインした「アートグラス」です。アラビア製陶所やイッタラ・ガラス製作所を経たカイ・フランクは、1954年にヌータヤルヴィ・ガラス製作所のアートディレクターに就任しました。そこで彼は「アートグラス」のなかでもより独自性の高い「ユニークピース*」の制作を提言します。

*ユニークピースは、ヌータヤルヴィ独自のもので、必ずデザイナー立ち合いのもとで制作された。

(左から)カイ・フランク《クレムリンの鐘[KF1500,KF500]》1956年/《アートグラス、ユニークピース》1970年代前半/《プリズム[KF215]》1953-1956年 いずれもヌータヤルヴィ・ガラス製作所

カルティオやキルタ(のちのティーマ)をはじめとする、機能性に優れ、普遍性のあるデザインを後世に遺したカイ・フランクは「フィンランド・デザインの良心」と呼ばれました。しかしヌータヤルヴィではもっと自由に創造の翼を広げていきました。ガラスの色彩や形状、それらを実現するための技術の実験や研究を重ねていたのです。

カイ・フランク《ヤマシギ[KF224]》1953年 ヌータヤルヴィ・ガラス製作所

「アートグラス」の製作を通して、ガラス吹き職人たちとガラスのもつ可能性を追求した先に、カイ・フランクのミニマルなデザインが生み出されていたのだとハッと気づく思いでした。プロダクトに隠されたアートの輝き。それはまるで「アートグラス」の中にフィンランド・デザインの源泉を見つめるような瞬間でもありました。


アートグラスのある風景

(左から)ティモ・サルパネヴァ《アーキペラゴ》1979年/《アーキペラゴ[3145]》1978年 いずれもイッタラ・ガラス製作所

2023年10月1日に開館40周年を迎える東京都庭園美術館は、朝香宮邸として1933年に竣工されました。その当時フランスで全盛期を迎えていたアールデコ様式の邸宅です。この1930年代というのは前述のとおりフィンランドのグラスアートの台頭期と重なります。

ティモ・サルパネヴァ《夢へのゲートウェイ》1981年 イッタラ・ガラス製作所

邸宅の窓から差し込む光によってガラス作品は瞬く間にその姿を変えていきます。時間とともに印象が変化し、ずっと見つめていても飽きることがありません。「アートグラス」が製作された当時の空気感を忍ばせる部屋のしつらえや、緑豊かな庭を持つ庭園美術館。その風景と一緒に「アートグラス」を楽しめることはとても貴重な体験に感じました。


フィンランド・デザインに宿る光

今回の展覧会を構成するコレクション・カッコネン*のオーナー、キュオスティ・カッコネン氏はスピーチでこう語っていました──芸術や文化はいつも成長し続けるものです。芸術は永遠で普遍的なものであると思います。その中には時代背景やデザイナー自身の歴史も含まれています

*作品はすべてコレクション・カッコネン所蔵。

(右から3人目:キュオスティ・カッコネン氏)

この言葉を聞いて、デザイナーのつくる芸術というものについて考えていました。フィンランドのグラスアートもデザイナーや職人たちの情熱や挑戦があったからこそ進化してきました。ガラスという素材は、変幻自在であるが故に取り扱いが難しいはずです。しかしデザイナーたちにとっては創作意欲を刺激される最も魅力的な存在だったのかもしれません。

オイヴァ・トイッカ《知恵の樹、ユニークピース》2008年 ヌータヤルヴィ・ガラス製作所

プロダクト製品の制約から離れて、自由に表現を探求できる「アートグラス」。そこで得た技術や経験、そしてアートのエッセンスがプロダクトづくりに還元される。そのようにしてアートとプロダクトの間に良い循環が生まれていたからこそ、いまも私たちを魅了し続けるフィンランド・デザインというものが育まれてきたのではないでしょうか。展覧会を観た後に、身近にあるプロダクト製品のことをどうぞ思い返してみてください。きっとそこにはフィンランド・デザインに宿る「アートグラス」の光が感じられるはずです。

text & photo : harada
edit : sakai

参考:「フィンランド・グラスアート 輝きと彩りのモダンデザイン」公式カタログ

【 展覧会概要 】

フィンランド・グラスアート
輝きと彩りのモダンデザイン

会期:2023年6月24日[土]〜9月3日[日]
会場:東京都庭園美術館(本館+新館)
所在地:東京都港区白金台5-21-9

休館日:毎週月曜日(7月17日は開館)、7月18日(火)
開館時間:10:00〜18:00(入館は閉館の30分前まで)

WEB:東京都庭園美術館