遠くにある台風の影響か、ときおり大粒の雨がバラバラっと落ちてくる。ふだんなら、四ツ谷駅から麹町を抜けて国立演芸場のある隼町まで歩いてしまうところだが、怪しげな空模様に負け地下鉄で永田町まで。ところが、いまひとつJR四ツ谷駅の構造が頭に入っていないため、南北線への乗り換えに手間取ってしまう。余裕をもって出たつもりが、二番太鼓にうながされ、けっきょく汗の引くのを待つ間もなくいそいそと客席へ。
応援していた噺家が真打に昇進するというのは、こうも嬉しいものなのか。夢吉改メ二代目夢丸師匠の披露目に足を運ぶのも、浅草、池袋につづきこれで3回目。その〝目出度さ〟に便乗したい、そんな気分もある。そのうえ、きょうの顔付けは個人的にツボなので期待も大きい。
まず、開口一番に登場したのは今いちさん。初めて聴く前座さんである。落語協会とくらべると、落語芸術協会の前座さんたちは総じてフリーダムな印象があるけれど、どうやら新作派の方らしいこの今いちさんからもそんな印象を受ける。でも、噺のほうは「初天神」を手堅く。
ずっと気になっているのに、どういうわけかタイミングが合わずなかなか聴く機会に巡り会えない、そんな噺家が何人かいる。そのひとりが小痴楽さんだったのだが、ようやく聴けた。小痴楽さんは、二ツ目にしてすでに〝スタイル〟をもったひとである。それは、自分の個性をじゅうぶん理解した上で、その個性がより輝くようなネタを選んでいるからにちがいない。要は、〝センスがいい〟のだ。「強情灸」。その〝がらっぱち〟な雰囲気が、いかにも「江戸っ子らしい」。「いかにも…」というあたりがインチキ臭く、また可笑しい。「祇園祭」や「大工調べ」も得意としているようだが、さぞかし面白いにちがいない。
続いて、鯉橋師匠が高座にあがる。数年前、同じここ国立演芸場で真打昇進の披露目をみたのがなつかしい。「牛ほめ」。鯉橋師匠の与太郎は、とても愛らしい。父親から「ほめ言葉」を教わるときだって、ちゃんと真剣に覚えようとするのだ。とはいえ、最後には結局こんがらがっちゃうんだけれどね。ところで、この鯉橋師匠はじめ、芸協の若手はなかなかの層の厚さだ。ほかにも、小助六師匠、夢丸師匠、二ツ目だと小痴楽さん、宮治さん、前座で音助さん、鯉んさん…… もっと聴いてみたいと思わせる噺家が何人もいる。彼らにもっと出番が増えれば、寄席のお客さんもぐっと若返るんじゃないだろうか。
ウワサの東 京丸・京平師匠の漫才も初聞き。「ウワサの…」というのは、「ラジカントロプス2.0」というラジオ番組にナイツのふたりが出演したとき、このベテラン漫才師にまつわる抱腹絶倒のエピソードを披露していたからである。漫才を観ながら、いちいちそれを思い出して笑いが止まらなかったのだが、横で口の悪いおばちゃんが「なに、このヘタクソな漫才!」などとおもいっきりdisっていたので気が気でなかったです…。おばちゃんのご機嫌が直ったのは、入院中の歌丸師匠に代わって登場した文治師匠の「源平盛衰記」のおかげ。横目でのぞいたら、プログラムの文治の名前に大きく「◯」がつけられていた。「源平盛衰記」というと、まっさきに思い出すのはYouTubeでみた先代の三平師匠の高座。お客に、「このひとは一生懸命『源平〜』を語ろうとしてる」と信じさせてしまうところが三平師匠のクレバーなところである。必死に語ろうとしているのに、油断するとつい脱線しちゃう面白さ。「源平盛衰記」がそのじつ漫談でありながら、あくまで「源平盛衰記」であって「漫談」といわれないのは、ひとえにその点につきるのではないか。
賑やかな文治師匠の後は、五代目圓楽一門会会長の三遊亭好楽師匠が登場し、仲入りを勤めた。こういうおめでたい席では、芸が「化ける」ようにと縁起をかついでおばけの噺をしたりするというマクラから、「三年目」。鶴瓶師匠のときも思ったのだが、テレビで顔の売れている落語家はみんないい着物をきている。好楽師匠の着物も、素人の目にもわかるくらいすばらしかった。
仲入り後は、口上から。幕が開くと、下手より司会の夢花師、鯉橋師、文治師、夢丸師、小文治師、そして好楽師と並んでいる。これまでは、同時昇進の3名が一緒に並んだが、国立演芸場は日替わり出演のため夢丸師のみ。先代の夢丸師に可愛がられ、名跡を譲ることについても相談を受けたという好楽師が音頭を取って三本締め。
空を飛んだり、竜巻で一回転するアクロバティックな夢花師匠の「反対俥」の後は、より〝本寸法〟が際立つ(笑)小文治師匠の「親子酒」。かたちがきれいな噺家だ。演出が、よく聞き知っている「親子酒」とはずいぶんちがう。「ただいまかえりました」倅がしっかりしているのが面白い。しかし、それもつかのま、親父同様、気持ちとは裏腹に一気にグズグズになってしまうのだった。どこまでも似た者親子なのだ。ヒザは、ボンボンブラザーズのモダン太神楽。パントマイムをとりいれた繁二郎先生の動きが、もはやMr.ビーンにしか見えない…。余談だが、心臓の悪いひとはボンボン先生が出演されるとき、2〜4列目あたりに座ってしまうとキケンです(笑)。ぼくはいつも、どうしたわけかそのあたりに座ってしまい肝を冷やす。
トリは、夢吉改め二代目夢丸師匠。たくさんの「待ってました!」の声に照れながらの登場。お、「幾代餅」だ! メソメソした清蔵のキャラは、「明烏」の息子同様で夢丸師のお得意。清蔵と親方は、抱き合って男泣きしたりして、「職人と親方」というよりは、なんとなく「高校野球の選手と監督」のよう。
心に残ったのは、幾代太夫が清蔵に年季が明けたら女将さんにして欲しいと頼むとき、「あなたのおかみさんにして下さい」とわざわざ町人風の言葉遣いで言い直すところ。こうやって書いてしまうとクサいけど、「傾城に誠なし」といわれる世界に身を沈めながらも、なお幾代太夫が誠実な人物であり、またいかに誠実な人間を求めていたか、これからは町人としてつましく暮らしていきたいと願う彼女の覚悟が一瞬にして伝わる箇所である。だいたい、太夫ともなれば、その言動からして清蔵が「野田の醤油問屋の若旦那」なんかではないことはとっくにお見通しのはず。清蔵の心を知るためあえてその嘘につきあう、そういう〝賢さ〟をもった女性なのだ、幾代は。
思えば、清蔵と、落語家になりたい一心で新潟から家出同然で東京にやってきた入門当時の夢丸師匠とはほぼ同じくらいの年齢だったのではないか。17歳くらい? 思い続けて、ついに幾代太夫の真心を射止めた清蔵の一途さと、ついに真打の晴れ舞台に立った落語好きの少年の一途さとが重なって、ちょっとグッとくる高座であった。大入り。
ちなみに夢丸師、確認できてないけれど、この披露目中、もしかしたらトリのネタ全部替えたのではないだろうか…。
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2015年7月8日
国立演芸場 7月中席
夢吉改メ二代目三笑亭夢丸
真打昇進襲名披露興行
開口一番 古今亭今いち「初天神」
◎ 柳亭小痴楽「強情灸」
◎ 瀧川鯉橋「牛ほめ」
◎ 東 京丸・京太平(漫才)
◎ 桂文治「源平盛衰記」 *歌丸代演
◎ 三遊亭好楽「三年目」 *五代目圓楽一門会
〜 仲入り 〜
◎ 口上 下手より夢花(司会)、鯉橋、文治、夢吉改メ二代目夢丸、小文治、好楽
◎ 三笑亭夢花「反対俥」
◎ 桂小文治「親子酒」
◎ ボンボンブラザーズ(太神楽曲芸)
◎ 三笑亭夢丸「幾代餅」
夏から秋にかけて、フィンランドへの旅を計画されている方も多いと思います。せっかくなので、現地でしか体験できないアクティヴィティーをと考えている方もいらっしゃることでしょう。
そこで、ひさしぶりにイベントのご案内です。フィンランドで「ジャズ」を聴いてみるというのはいかがでしょう? ライブハウスはちょっと敷居が高くて……という方々を対象に、
☆ ヘルシンキを中心におすすめのライブスポット、レコードショップ
☆ いま盛り上がっている最新ジャズフェス事情
☆ フィンランドジャズの魅力と特徴、おすすめのアーティストとCD
など、映像や写真をまじえつつご紹介いたします。もちろん、よくわからないけれどフィンランドのジャズに関心があるというみなさんも大歓迎。
ナビゲーターは、フィンランドのミュージシャンと親交も深く、最新のフィンランドジャズ事情にもくわしい豊嶋淳志、操ご夫妻です。
お申し込みはメールで。また、営業時間内でしたらお電話、あるいはご来店時に直接お声かけいただいてもOKです。この夏は、白夜のフィンランドに思いをはせつつジャズに耳傾けてみませんか? ご参加お待ちしております。
◎ JAZZ IN FINLAND
日 時 2015年7月5日[日]18時30分〜20時予定(OPEN18時)
場 所 moi カフェ モイ(吉祥寺)
出 演 豊嶋 淳志(ジャズトランペット奏者、アレンジャー)
豊嶋 操(通訳案内士、医療通訳)
料 金 1,500円(ドリンクつき)
申し込み(定員に達し次第終了)
お名前、参加人数、お電話番号を記入の上、下記までメールにてお申し込み下さい。件名は「イベント参加希望」として下さい。受付完了次第、メールを差し上げます。2日以上経過しても返信がない場合、お手数ですが確認のご連絡をお願い致します。
当店の営業時間内であれば、お電話、あるいはご来店時にお声掛けいただいても受付させていただきます。
↓ヘルシンキの街がライブスポットに変身…「WE JAZZ」のドキュメンタリーフィルムより映画『365日のシンプルライフ』の音楽担当としてもおなじみTIMO LASSY編です。
夏風に吹かれながら、目黒雅叙園をめざし行人坂を下る。
雅叙園ではいま、園内の「百段階段」を使い『和のあかり×百段階段』という展示がおこなわれている。「百段階段」というのは、まっすぐ伸びた100段(じっさいには「99」段)の階段に沿ってもうけれた7つの広間からなる木造建築で、昭和10(1935)年に建てられたもの。「十畝(じっぽ)の間」「静水の間」「清方の間」といったぐあいに、各部屋にはそれぞれ装飾を担当した日本画家の名前がつく。じっさい、まるで競うかのように天井や欄間には四季を写した花鳥画や美人画がこれでもかとばかりに描き込まれており、「昭和の竜宮城」と呼ばれたのもなるほどうなづける贅沢な空間となっていた。映画『千と千尋の神隠し』に登場する湯屋のモデルになった場所のひとつとしても有名。
「和のあかり」をテーマにした今回のイベントは、その豪奢な各部屋におもに和紙をつかった現代の照明作家たちによるあかりを展示しようというもの。照明ひとつひとつももちろん凝ったものばかりなのだけれど、個人的には、和紙を透した柔らかな光のなかに浮かび上がる日本画の繊細な美しさに目と心を奪われた展示だった。会場は、この企画に限り撮影OK(ただしフラッシュ、三脚の使用はNG)ということでスマホ片手に鑑賞したのだが、撮った写真にはあまり照明器具は写っておらず、ほとんどは(おそらく制作時に画家たちが見ていたのと同じであろうような)薄明の中にあらわれた色とかたちばかり。なかには、照明器具ばかり撮っているひともいたので、同じ展示でもひとの視点はそれぞれちがうのだなァと面白く感じた。そして、晴れ渡った夏の夕刻ということもあり、階段のガラス越しに躍る外光の楽しさもまた、格別だった。
帰りはそのまま山手線に乗るのもつまらないので、駅前から千駄ヶ谷駅行きの都バスに飛び乗ってみた。夏の夕陽を浴びたバスは、白金台の街並みを抜けて広尾、西麻布、外苑前と走ってゆく。ふだんはあまり足を運ぶことのない街の風景に、異国を旅しているかのような気分を味わう。そして、広尾のカフェ「デ・プレ」、西麻布の「Beach」、外苑西通りのレストラン「SARA」など、なつかしい店を思い出す。俺版「私のなかの東京」の一頁がここに。
北欧とコーヒーの親密な関係を、さまざまな側面から探った好奇心を刺激する一冊が登場しました。
著者の萩原健太郎さんは、インテリア業界からデンマーク留学を経てライター/フォトグラファーに転身した方で、荻窪に「moi」があった当時からですので、かれこれ10年来のおつきあいということになります。そんなこともあって、今回出版された『北欧とコーヒー』については企画段階から僕も雑談まじりにアイデアを出させていただいたりしました。
萩原さんと話していたのは、かわいい食器とかおしゃれなお店の紹介に終わらず、北欧の人たちは日頃どんなふうにコーヒーと親しみ、またそこにはどういう背景があるのか、さらに、それが北欧のコーヒーまわりの道具のデザインにはたしてどんなふうに影響しているのか、そんなところまで触れた内容にしたいということでした。ある意味〝オトコ目線〟の北欧ガイドとして、手に取るに値する希少&貴重な一冊になっていると思います。
また、個人的な話にはなりますが、先日「moi」を設計してくださった建築家の関本竜太さんがブログにも書かれていましたが、「moi」誕生にかかわった関本さん、僕、そして当店のオリジナルコーヒー&ティーカップ「eclipse」をデザインしてくださったデザイナー梅田弘樹さんの3人が一冊の本の中に登場し、また共通のキーワードとともに北欧デザインについて語っているのも感慨深いところです。関本さんのおっしゃる通り、フィンランドにかんする情報もまだまだ少なかった2000年前後、この3人が意気投合したのも、なるほど必然だったのかもしれないとあらためて思いました。
いままで雑誌やネットで北欧にかんする情報はだいたいチェック済みという方でも、これは初めて知った! という発見が少なからずあると思います。出版元が、ここ最近意欲的な出版物を数々リリースしていることで知られる青幻舎というのも注目です。
なお、書店での販売に先立って「moi」ではひと足先に店頭にて販売中ですのでぜひチェックしていただければと思います。
以下、目次です(ご参考まで)
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ムーミンに見るフィンランド人とコーヒー/フグレントウキョウ/北欧カフェ案内/トランクコーヒー/ロバーツコーヒー/フィンランドの牛乳事情/北欧・コーヒーを愛する人たち〜アンヌ・ブラック、関本竜太ほか/フィンランド映画とコーヒー/moi(カフェモイ)店主岩間インタビュー&デザイナー梅田氏によるコーヒーカップ制作秘話/北欧ヴィンテージカップ&ソーサー80選/コーヒーを飲むための道具案内/北欧のコーヒーにまつわるトリビア/
http://www.seigensha.com/newbook/2015/06/11122023