2014.4
> 2014.3
2014.2

五街道雲助『雲助、悪名一代 芸人流、成り下がりの粋』
2014.3.1|review

雲助師匠は、ぼくの中でちょっと〝ふしぎ〟な存在だ。他の噺家があまりやらない根多を持っていたり、他人から稽古をつけてもらわないという逸話もどこかで耳にした記憶がある。そういえば、二ツ目時代にはイラストレーター和田誠氏による新作落語も口演していたはず。〝一匹狼〟とでも言うのだろうか。さてさて、いったいどんな人物なのだろう?

そんな単純な興味を胸に読み始めた。

結果、ますますその〝ふしぎさ〟に輪が掛かったように思える。生まれ育った本所での暮らしぶり。情熱を傾ける対象をみつけると一気に燃え上がる青年時代のエピソード。十代目馬生の一門に身を置くことになったいきさつ。大師匠・志ん生の思い出や志ん朝一門に対する思い。古い速記本から根多を広げてゆくようになった背景には、師匠を失った孤独と同時に反骨精神も感じられる。また、入り浸っていたという浅草のハチャメチャな居酒屋の思い出や野坂昭如ら酒場で出会った人々との交友録からは、雲助師の意外な素顔も垣間見ることができ興味深い。

文中、みずからの生き様を称してたびたび言われる「成り下がり」という言葉については、その名前にふさわしく「雲」の如くひとところにとどまらず、自由に芸人としての一生をまっとうしたいという、雲助師による反ストイシズム宣言(?)と受け取った。

ダニエル・ペナック『人喰い鬼のお愉しみ』
2014.3.9|review

パリの百貨店に勤務するマロセーヌ。お客様のクレームを一手に引き受けるカリスマ苦情処理係といえば聞こえはいいが、真実は客の面前で上司から罵倒され、理不尽な処分を言い渡されることで同情を引き、寄せられたクレームをうやむやにするための「身代わりのヤギ」。そんな彼の目前で繰り返されるナゾの爆破事件。突然周囲から疑惑の目で見られるマロセーヌ。マロセーヌ危機一髪!はたして彼のヘンテコな友人や家族たちはマロセーヌの疑惑を晴らすことはできるのか……

というのが、この本のストーリー。もともと作者のペナックは児童文学の世界で人気の作家とのことで、この作品にもどこか童話のような残酷さやドタバタ騒ぎがあり、いわゆるミステリとは一線を画す。そば屋のエビ天よろしく、フランス文学臭たっぷりのレトリックが衣のごとくたっぷりまぶされふくれあがっているので読み進むにはかなり難儀した。そういうのが苦手じゃないというひとなら、ゲップの心配なくきっと楽しく読めるはず。

ピーター・ラヴゼイ『苦い林檎酒』
2014.3.9|review

『偽のデュー警部』がやたらと面白かったラヴゼイのミステリ。舞台は60年代イギリスの片田舎。少年時代、疎開先の牧場で起こったある悲劇的な事件。

ある日突然、大人になり、大学講師となった主人公のもとをアメリカ人の若い女性が訪ねてくる。どうやら彼女は、その「事件」で彼の証言がもとで犯人と疑われ、絞首刑となった進駐軍兵士のひとり娘らしい。事件の真相を明らかにしようとする彼女の強引さに負け、封印したはずの二十数年前の記憶をいやいやながら辿らされるはめになる男……。慎重派で頑固なイギリス人男性vs奔放で強引なアメリカ娘、そんな対照的なふたりの「闘い」こそがこの作品のツボ。

タイトルにある「苦い」は、事件が発覚するきっかけとなったシードルの味と、孤独な少年の心模様とをかけあわせたダブルミーニング。読了後は、もちろんほろ苦い気分に。

ジェローム K.ジェローム『ボートの三人男』
2014.3.14|review

英国紳士3人のテムズ河ぶらり途中下船の旅(犬はさておき)。

1889年に出版されベストセラーになったイギリスのユーモア小説。小説といってもストーリーらしきものがあるわけでなく、ただただ3人の男と犬1匹が水門(ロック)から水門(ロック)へ、テムズ河を船で下ってゆくというだけの長閑な話。

にもかかわらず、船に縁がなく、ましてや紳士でもないぼくが読んでこうも面白いのはどうしたわけか。それはきっと、いかにもイギリス流の笑いにコーティングされてはいるが、万国共通の人間の《本性》が描かれているからにちがいない。いわば、「あるある」ネタ。

「自然に帰れ」とばかりに船旅に出たはいいが、ボートを漕ぐのに疲れたといっては不平をもらし、隙あらばサボろうとし、都合の悪いことが起これば他人のせいにする。そんな「いい大人」の「大人げない」七転八倒ぶりがおかしくてたまらない。そしてまさかのエンディング。晴れた休日の午後のんびり読むのにふさわしい、楽しい本と出会った。

ピーター・ラヴゼイ『絞首台までご一緒に』
2014.3.17|review

はたして犯人は「例の3人組」なのか?(犬はさておき)。

舞台は19世紀後半のイギリス。長閑なテムズ河で立て続けに水死体が発見される。よりによって目撃されたのは、ジェローム・K・ジェローム『ボートの3人男』そっくりの怪しげな「3人組」だった……。

「クリップ部長刑事とサッカレイ巡査」シリーズの一冊とのことだが、そういうわりには、ふたりの存在感はひどく薄い。どちらかといえば、犯人らしき人影を目撃したがために事件の捜査に巻き込まれる妄想暴走お嬢様こそが「主役」のような印象(シリーズの他の巻は未読なのでよくわからない)。

肩のこらない読書をご所望のみなさまに、ぜひラヴゼイ印のコミカルラブロマンスコージーミステリをどうぞ。

マージェリー・アリンガム『クロエへの挽歌』
2014.3.23|review

つねに腰が引けてるという点で、この『クロエへの挽歌』に登場する探偵キャンピオン氏はかなり風変わりな存在といえる。

劇場と劇場をめぐる人々による群衆劇。『クロエへの挽歌』はそうした体裁をとっている。生気には乏しいが、誰よりも人間観察に長けた探偵は、彼らが発する膨大な情報をひたすらインプットしてゆくことで、事件の背景にあるみえない相関関係をゆっくりゆっくりと可視化してゆく。

登場人物が多く、探偵に目を見張るような闊達さがなく、おそらくそれゆえにドラマに起伏が乏しいという点で、あるいはこの小説は読者を選ぶかもしれない。けれども、人間を描くことで事件の本質を描くという作者の手法にハマりさえすれば、淡々とした筆致のむこうに、ロバート・アルトマンの映画にも匹敵する〝コク〟を感じることもできるにちがいない。

価格変更のお知らせ

2014.3.25|info

お客様各位

2014年4月1日からの消費税増税に伴い、下記のとおり価格の見直しをさせていただくこととなりました。若干値上がりするもの、据え置き(実質上の値下がり)のもの、また会計時に細かい釣り銭が発生するものなどお客様にはご不便、ご迷惑をおかけいたしますが、何卒ご理解の程よろしくお願い致します。  店主

──

◎ kortti[コルッティ]

ポストカード、セルクロス等の雑貨類はすべて本体価格での表示とさせていただきます。会計時に消費税分を伴った合計額にてお支払いいただきます。

◎ シナモンロールのテイクアウト[毎週水・土・日]

本体価格300円+消費税 *本体価格には変更はありません

◎ ドリンクのテイクアウト

価格据え置き。当店では、コーヒーのテイクアウトにつきましてはコーヒー豆をご購入いただく際の「おためし」的な意味合いも兼ねて提供させていただいております。したがって、引き続き「あたたかいコーヒー(アアルトコーヒーの豆を使用)」については350円、その他のドリンクメニューにつきましては、店内価格の100円OFFにてご提供させていただきます。

◎ カフェ

全般に価格の見直しをさせていただきます。カフェでのご飲食分につきましては、価格表示は「税込み」表示とさせていただきます。本体価格+消費税をベースに、ここ数年来の原材料の高騰(乳製品、粉、卵、水産加工品、および異常気象に伴う野菜の高騰)などを踏まえた上での価格改定とさせていただきました。

──

以下は、価格見直しにあたっての当店としての考え方を記載しております。ご一読いただければ幸いです。

このたびの消費税増税にあたって、当店としては、新たに本体価格を見直した上での消費税加算(1円単位)、価格据え置き+サービス料の導入、セットメニューの割引取り止め、ないしは割引率の見直しなどさまざまな可能性を検討してまいりましたが、

リピーターのお客様の負担を極力抑えること
多くのお客様にゆっくりお過ごしいただくこと

以上を最重要項目とかんがえ、お客様にとってはかなりお得なサービスとなっている下記2点につきましては

セット料金の割引率は維持
フード300円OFF/スイーツ(シナモンロールを除く)100円OFF
おかわり価格の据え置き
コーヒー、紅茶、マテ茶 300円(アイス350円)

として引き続き対応させていただくこととしました。セット割引、おかわりサービス価格など、今後ともご活用いただき、増税に負けない[カップ一杯分のゆたかな時間]をお過ごしいただければと思っております。

スタッフ一同、みなさまのご来店を心よりお待ち申し上げております。

2014年3月25日

ヒラリー・ウォー『事件当夜は雨』
2014.3.25|review

愚直なフェローズ署長が、アメリカのサバービアを舞台に執念深い捜査を繰り広げる警察小説。

しのつく雨の晩、ひとりの農夫が、全身ずぶ濡れの突然の来訪者によって射殺される。いわく、「わしはおまえさんに肥料代を50ドル貸してある」……。人間離れしたひらめきには欠けるフェローズ署長だが、ありとあらゆる仮説を立て、それをひとつひとつ丹念に潰してゆく胆力にかけては誰にも負けない。同僚は、その中に混じるあまりにも突飛な仮説を「成層圏的」などと揶揄するのだが、フェローズは聞く耳をもたない。そして、彼が必死になって「成層圏」にある真実をつかみ取ろうと手をのばす様こそが、読者にとってはこの小説のツボであるだろう。

真犯人が意外にあっさり逮捕されて終わりかと思いきや、アメリカの裁判制度がもつ矛盾にまで触れ、容易には事件にピリオドを打とうとはしないフェローズ署長の骨太な〝警察官魂〟にしびれる。

GLAUBELLさんの〝パリところどころ〟コーヒー編
2014.3.26|event

「GLAUBELL」は、「自家焙煎コーヒー豆とコーヒータイムを楽しむ」をコンセプトに、焙煎だけでなく、抽出器具の提案、コーヒー教室や本の執筆などさまざまなかたちで「コーヒーのある暮らし」を提案してくれるお店。そんな「GLAUBELL」のカタチは、店主であるロースター狩野知代さんのキャラクターそのもの、とボクはつねづね感じています。研究熱心で好奇心の塊、そしてなんといっても陽気!!

昨年の夏、「パリのコーヒーがおもしろい」、そんな話をフランス旅行から戻ったばかりの狩野さんから伺いました。開店前だったためゆっくり伺う時間はなかったのですが、コーヒーの嗜好やロースターの話、最新の人気カフェについてなど興味津々な話題は尽きず、その場でぜひイベントをやりましょう!とお誘いしたのでした。そして、さらにその後2回のパリ旅行(もはや「視察」?)を経てこぎつけたのが今回のこのイベントです。

カフェといえばパリ、パリといえばカフェ。そんな「花の都」パリではいま、どんなコーヒーが愛され、どんなカフェが注目されているのか。フランス好き、コーヒー好き、カフェ好き、そんなみなさんに「パリのコーヒー」の最新トレンドをいち早くお伝えするイベントです。当日、狩野さんが淹れてくださるパリみやげのコーヒーとともに、ぜひ楽しいお話に耳傾けてみてはいかがでしょう?

なお、人数が各回とも少なめになっておりますのでぜひ早めにお申し込み下さい。

──

GLAUBELLさんの〝パリところどころ〟コーヒー編

出  演:狩野 知代(「GLAUBELL」店主)
日  時:2014年3月21日(祝金)
 ☆1回目 13時〜(開場12:40・約90分)
 ☆2回目 16時〜(開場15:40・約90分)
 なお、1回目、2回目とも内容は同じです

場  所:moi[カフェ モイ] 吉祥寺
参 加 費:2,000円(狩野さんが淹れるパリみやげのコーヒーつき)
*当日会場にてご精算いただきます
定  員:各回12名
申し込み:先着順(定員に達し次第締め切らせていただきます)

参加希望の方は、
お名前、連絡先お電話番号、人数、ご希望の回/1回目(13時)or2回目(16時)を明記の上、メール(件名「トークイベント」)にてお申し込み下さい。折り返し、受付確認メールを送らせていただきます。
また、申し込み受付完了のご連絡は営業時間内(正午~20時)となりますので、あらかじめご了承下さい。

ミステリー文学資料館『探偵小説の風景』
2014.3.26|review

戦前に発表された「乗り物」が登場するミステリばかり15編を収めたアンソロジー。

鉄道、乗り合いバス、円タク、汽船やモーターボートなどさまざまな「乗り物」がさまざまなぐあいに登場するが、1905年前後に生まれた作家たち(個人的には日本のモダニズムをもっともよく体現している世代と思われる人々)の作品では、それ以前の作家たちの作品のそれとちがい、明らかに「都市」(あるいは「現代」と言ってもいいかもしれない)を描写する上での重要なモチーフになっている点が見逃せない。

作品の完成度、風合いはさまざまだが、そうした視点から読んでゆくと時代の移り変わりを感じさせる、なかなかに興味深いアンソロジーといえそう。

アンデシュ・ルースルンド&ベリエ・ヘルストレム『制裁』
2014.3.30|review

『三秒間の死角』のコンビによる、勢いのあるスウェーデン産犯罪小説。

ある日、ひとりの刑務官が私情に走った末に、護送中の服役囚(児童を狙った性犯罪者)を取り逃す。すべてのドラマはそこから、その小さな「しみ」から始まる。

卑劣な犯罪を憎む気持ちは、誰にとっても変わらない。しかし、その「憎み方」と、負の感情が周囲にもたらす影響はさまざまだ。被害者とその家族、捜査にあたる警官たち、職務上あくまで法に則って裁かざるをえない人びと、マスコミ、日ごろから不安や不満、不平で破裂寸前の「世論」という名の風船のような存在、そして独自の掟とプライドをもって生きる「塀の中の人びと」……。さまざまな人間がさまざまなかたちで関わることで、はじめ小さな「しみ」にしか過ぎなかった事件は、思いもよらない規模に広がってゆくのだった。

一見したところ端正な表情にみえる現代社会が、ボタンをひとつ掛け違えただけでいかに凶暴な姿のモンスターへと変貌してしまうか、重厚なテーマを映像のような速度と鮮やかさとで一気に読ませる傑作。

2014.4
> 2014.3
2014.2