深淵なガラスの森を遊歩する〜イッタラ展 フィンランドガラスのきらめき

約450点の作品や資料からなる本邦初の大規模な展覧会

東京・渋谷のBunkamuraザ・ミュージアムでは、いま『イッタラ展 フィンランドガラスのきらめ き』が開催中です(11月10日まで)。ここ日本でイッタラの展示は過去にも行われていますが、全国の 美術館を巡回する大規模な展覧会は初めてとのこと。

この10年あまり、北欧ブームといわれフィンランドをはじめとする北欧の文化はずいぶんと身近に感 じられるものとなりました。2021年には、同じBunkamura ザ・ミュージアムで『ザ・フィンランドデザイン展 自然が宿るライフスタイル』が開催されたのは記憶に新しいところ。

その一方で、特定のアーティストやブランドに注目し、作品を通してその世界を深堀りするような展 示についていえばまだまだ少ないというのが実感です。

今回の『イッタラ展 フィンランドガラスのきらめき』は、いまやフィンランドのみならず北欧最大のガラスファクトリーにまで成長したイッタラの長年にわたる軌跡をたどりつつ、約450点を超える作品および資料をとおしてそのブランド哲学に触れる、まさに「待望の」と言ってよい内容となっています。

ここでは、開幕に先立って行われた内覧会の様子をお伝えしつつ、いつも当サイトをご覧いただいている北欧好き、フィンランド好きのみなさんに、この深遠なガラスの森を遊歩する際の見どころを紹介していきます。

I. 時代とアーティストの選逅から生まれた相貌(かたち)
II. 13の視点から読み解く《モノづくり》の哲学
III. イッタラと日本 響きあうふたつの文化


I. 時代とアーティストの選逅から生まれた相貌(かたち)

イッタラの140年間の歩みをふりかえるとき、まず頭に入れておきたい点はふたつあります。ひとつ は、その時代時代を映す鏡としての「相貌(かたち)」の変化。そしてもうひとつは、優れた技術をも つ職人との協働により新しい表現に果敢に取り組んだ「アーティストたち」の存在です。

冒頭のパートでは、1881年にフィンランドの首都ヘルシンキの北約120キロの小さな村で産声をあげたイッタラが、北欧最大のガラスファクトリーへ、さらにはグローバル企業として世界中のアーティストやブランドとコラボレーションするに至るその発展の足取りをたどることになります。

そしてその途上には、イッタラの歴史を大きく前進させる重要な出会いがたびたびありました。アイ ノとアルヴァのアアルト夫妻もそうです。

創立当初のイッタラは、家庭向けのガラス製品や工業用のガラス器、さらにはクリスタルガラスを装飾的にカットしたプロダクトなどガラス製品全般を扱う工場でした。アアルト夫装は、北欧の自然をモダンな感覚で切り取った作品の数々をとおして日々の若らしの中にモダニズムの息吹きを吹き込むことに成功します。

第二次大戦後は、イッタラにとって、国際的な評価を高め一大ライフスタイル・ブランドへと飛躍す る礎を築いた重要な時代です。この時代を支えた立役者は、タピオ・ヴィルカラとカイ・フランクのふ たり。ともにイッタラが主催したデザインコンペでそれぞれ第一位と第二位に輝いた才能です。

ティモ・サルパネヴァという名前もまた、イッタラの歴史を語る上ではけっして外すことができません。実用ガラスのデザインにエネルギーを使けたティモ・サルパネヴァは、戦争から立ち直り、精神的にも経済的にも余裕を取り戻しつつあった1950年代のフィンランドの歩みと並走しました。このように時代の要請に柔軟に応えつつ成長する姿に、家庭向けのガラス製品から芸術作品まで幅広く手掛けるイッタラならではのしなやかなプランド哲学がうかがわれます。

そのティモ・サルパネヴァとタピオ・ヴィルカラは、北欧の自然がもたらす質感やパターン、フォル ムをデザインに反映し、フィンランド固有のデザインの可能性を探究することでイッタラの名を世界に広め、「デザインの国フィンランド」を印象づけることに大きく買献しました。独自の美意識に貫かれた個性的な作品群からなる傑作の森の到来です。

1960年代の半ばから70年代にかけて誕生したタピオ・ヴィルカラの《ウルティマ ツーレ》やティモ・サルパネヴァの《フィンランディア》 といったシリーズは、フィンランドのガラスデザインの金字塔ともいえるものです。また、木型をあえて燃やすことでその質感をガラスに定着させることに成功した《フィンランディア》など、妥協を知らないアーティストたちの挑戦は、ときに新しい技術の開発にもつながり、そのことがガラスファクトリーとしてのイッタラの存在感をますます高める結果になりました。

こうした時代とアーティストとの選逅を、イッタラのガラスの「相貌(かたち)」のうちに発見する のはまさに眼福といえます。ぜひ目を凝らして鑑賞したいところ。


II. 13の視点から読み解く《モノづくり》の哲学

今回の『イッタラ展 フィンランドガラスのきらめき』でも、とりわけ見どころとなっているのは会場 の半分以上を占める「From Nature to Culture イッタラを読み解く13の視点」と題されたパートで す。そこでは、イッタラのモノづくりの核ともいえる部分が13の視点から解き明かされます。

たとえば、北欧の自然とのかかわりについて。フィンランドの人びとにとっていわば心象風景ともいえる森や湖、雪や氷などからインスピレーションを得てつくられた作品の数々や、アンズ茸をモチーフにしたタピオ・ヴィルカラの《カンタレリ》 のように自然のかたちを抽出し表現した作品など。こうして生まれた一連の作品は、とりわけ20世紀の半ば以降、フィンランドの独自性が際立ったデザインとして世界中から賞賛されています。

また、神話や超自然的なテーマを追求し展開する、いわゆる「マジックリアリズム」との相性の良さを挙げることもできるでしょう。

それは20世紀の芸術界に興った潮流のひとつとして、文学や美術、映画などさまざまな芸術領域で目にすることができますが、民族叙事詩「カレワラ」の故郷であり、想像力をもって豊かな自然のうちに精霊たちの呼び声を聴いてきたフィンランドのアーティストにとってごく身近で親しみ深いテーマでもあったはずです。じっさい、ティモ・サルパネヴァの《ヒーデンニュルッキ|悪魔のこぶし》 をはじめ、スピリチュアルな世界に主題を求めた作品も数々誕生し、イッタラのガラスに不思議なきらめきをあたえています。

その一方で、北欧デザインの真骨頂とでもいうべき機能性とデザイン性とを兼ね備えたガラス製品の 数々。とりわけ「積み重ね(反復)」と「組み合わせ(相違)」を取り入れた作品のうちにそれは顕著 です。立体的で膨刻的な造型を楽しみながら効率的な収納を可能にするタピオ・ヴィルカラのタンブラ ーやティモ・サルパネヴァのボウルなどはまさに見た目にうつくしく、なおかつ画期的なアイデアとし て注目に値します。

ところで、イッタラが重厚なアートピースから日常使いのためのガラス器まで多種多様な製品を生み出すことを可能にした影には、言うまでもなく優れた技術を有する職人たちの存在があります。

たとえば、オイパ・トイッカの《バード》シリーズでは吹きガラスにより鳥の種類ごとの特徴を見事に表現します。また、イッタラにおけるアルヴァ・アアルトの代表作ともいえる 《アアルト ベース》では、吹きガラスと型を用いる技法とを合わせることでそのうつくしい湾曲した造型を可能にしました。こうした技術は、熟練した職人によりその都度もっとも適切な方法が選択されるのはもちろん、ときには新たな技法の開発にもつながったのでした。

また、イッタラのガラスに多彩なきらめきをあたえるカラーバリエーションは、現時点で200種類ほどもあるというのですから驚きです。最近では、新たな循環型経済と環境保護への貢献という視点から100%リサイクルガラスによる製品にも力を入れるなど、ガラスという素材がもつ潜在的な力を引き出すためのさまざまな試みは続きます。イッタラの製品のもつ新しさが、時を経てもけっして色あせることがないのはそうした絶えざるアップデートの賜物と言うことができそうです。


III. イッタラと日本 響きあうふたつの文化

昨年2021年は、イッタラの創立140周年という節目の年でした。それを記念してヘルシンキのフィン ランド・デザイン・ミュージアムで開催された展覧会『イッタラカレイドスコープ激動の軌跡:自然から文化へ』をベースに、およそ450点からなる作品と資料によって再構成したのが今回の『イッタラ展 フィンランドガラスのきらめき』です。そしてさらに、日本での展示にあわせて、新たにイッタラと日本との親しいつながりを示した終章が追加されています。

フィンランドと日本のデザイン界のかかわりはいまから70年ほど前、1950年代にまで遡ることができます。当時の北欧では、デザイン展などで公開された和室のミニマルな空間が注目をあつめ、日本のデザインへの関心が高まっていました。

いっぽう日本では、同じころ産業工芸試験所の藤森健次らが北欧デザインの日本への紹介に心を砕いています。藤森は、当時としては珍しいフィンランドへの留学経験の持ち主で、留学中にカイ・フランクとも知遇を得ていました。そしてその藤森の呼びかけにより、1956年9月には当時アラビアのデザイン部門でディレクターを務めていたカイ・フランクが初めて日本を訪問します。

その折、日本各地を巡回したカイ・フランクは、日本で出会った調度品やそこに見られる繊細な意識、素材への敬意に共鳴し、その後も1958年、1963年と来日を重ね、帰国後には日本で得たインスピレーションを元にデザインした作品も発表しています。

1964年5月、さまざまな障壁を乗り越え、藤森らの尽力により東京・日本橋の白木屋百貨店でついに『フィンランドデザイン展』が開催にこぎつけます。会場デザインはティモ・サルパネヴァが担当し、洗練された空間に展示されたイッタラやヌータヤルヴィのガラス製品、アラビアの陶器といった品々が日本人にフィンランドデザインのシンプルなうつくしさや素材のもつ可能性を印象づけることになりま した。

21世紀に入ると、日本のデザイナーとイッタラとの関係はよりいっそう密接なものになっていきま す。2016年のイッタラメイッセイ ミヤケ、2020年のイッタラメミナペルホネン、さらには限研吾が手 掛けたイッタラ表参道ストア&カフェの店舗デザインなど新たなコラボレーションも実現しました。そ こにあるのは、親和性によって引き寄せられたもの同士の幸福な出会いです。

フィンランドと日本。ふたつの文化がどのように響きあい、そこからなにが生まれたのか、70年におよぶイッタラと日本との交流の歴史からあらためて見えてくるものがありそうです。

会場を出たスペースには、イッタラ製品はもちろん、この展覧会のためにつくられたオリジナルの商品が所狭しと並ぶ物販コーナーが用意され目を楽しませてくれます。資料的価値のみならず、うつくしい図版を眺めるだけでも十分に楽しい図録も要チェック。なお、この展覧会は2023年4月には島根県立石見美術館、7月には長崎県美術館、2024年2月には美術館「えき」KYOTOを巡回の予定です。

text : Iwama
photo : harada

開催概要

会期:2022年9月17日~11月10日 会場:Bunkamuraザ・ミュージアム 住所:東京都渋谷区道玄坂2-24-1 Bunkamura B1 電話:050-5541-8600(ハローダイヤル) 開館時間:10:00~18:00(金土~21:00) ※入館は閉館の30分前まで。最新情報は公式ウェブサイ トにてご確認ください。

観覧料 一般1,700円/大学・高校生1,000円/ 中・小学生700円
詳細:イッタラ展HP