フィンランドを代表する建築家・デザイナーのアルヴァ・アールト。彼のこれまで知られていなかった素顔を描いたドキュメンタリー映画『AALTO』がまもなく日本で公開となります。そこで先日、ヴィルピ・スータリ監督を迎えた公開記念トークイベントが表参道のHyvää Matkaa!で開催されました。
建築家として世界的な名声を手にしたアルヴァと、その命が尽きるまで彼を支え続けたパートナーのアイノ。ふたりのアールトによる建築がフィンランド各地に数多く残されています。サウナッツァロの村役場、パイミオ・サナトリウム、マイレア邸など、彼らの建築をめぐる旅をいつの日かしてみたいと夢見ています。
北欧旅行フィンツアーが今回発表した映画とのコラボレーションツアーはそんな夢を叶える絶好のプランです。そこで記事ではスータリ監督の語る映画『AALTO』とツアーの紹介をまじえて、アールト建築をめぐる旅へとみなさんをお連れしたいと思います。
映画のはじまり~アールトの図書館
映画のはじまりは、スータリ監督が幼い頃、放課後になると過ごしていたという【ロヴァニエミ市立図書館】にあります。ロヴァニエミは第二次世界大戦でドイツ軍により焼き払われ、甚大な被害を受けました。その復興計画を主導したのがアールトであり、今もいくつかのアールト建築が残されています。
冬にはマイナス30℃にもなるというロヴァニエミ。それでも図書館の中はあたたかく、いつも歓迎してくれるような雰囲気に包まれ、美しい家具や美しい照明がある監督のお気に入りの場所だったといいます。「その時の思い出がずっと心に残っていたことが、この映画を撮る大きな理由のひとつでした」と。
またアールトが設計した図書館と聞いて真っ先に思い出されるのが【ヴィープリ図書館】。現在はロシア領のヴィープリ(ヴィボルグ)ですが、ロシアとウクライナの戦争が起こる前に撮影することができたそうです。「図書館はアールト建築にとってとても大きな意義を持っています」と監督。建築とは、お金持ちであれ、貧しい人であれ、あらゆる人のものであり、誰もがその建造物の美しさを共有するものであるとアールトは考えていたそうです。
映画の制作期間は四年間。そのうち二年間はリサーチに費やされました。「アールトはフィンランドでは最も有名な存在で、誰もが一家言あります。これまでの30年近くドキュメンタリー作品を制作してきたキャリアがあったからこそ、映画『AALTO』を撮ることができました。建築やデザインだけでなく、アルヴァ・アールトの人間性を知ることで、よりアールトについての理解を深めてほしい」と話していました。
アールトゆかりの地~ユヴァスキュラ
さて映画『AALTO』コラボツアーの最初の目的地は、フィンランド中南部の湖水地方に位置するユヴァスキュラです。このユヴァスキュラは、その幼少期を過ごし最初の事務所を設立するなど、アールトにとってとてもゆかりのある町。世界で最も多くのアールト建築が見られる場所でもあります。ツアーでは、【ムーラメ教会】【サウナッツァロの村役場】【ムーラッツァロの実験住宅】【アルヴァ・アールトミュージアム】【ユヴァスキュラ大学】などを訪れます。
近年再評価の進むアイノ・アールトですが、監督自身もアイノという人物を発見したことが映画にとって重要だったといいます。アイノがユヴァスキュラの事務所に入所したのは設立すぐのこと、それ以降アルヴァとの二人三脚で数多くのアールト建築が生まれてきました。アイノの果たした役割はとても大きく、今こそ彼女の存在に光を当てたいと考えたそうです。「100年以上前に生きたモダンな女性であり、母、建築家、デザイナー、アルテックのアートディレクターといろいろな役割を担っていたアイノ。そんな彼女からはとても多くのインスピレーションを受けました」と監督。
自然との調和~マイレア邸
そしてツアーはフィンランド南西部のポリ近郊のノールマルック、エウラへと向かいます。この地域は製鉄業で栄えたアールストロム社のお膝元です。アルテックの共同設立者であるマイレ・グリクセンためにアールトが設計した邸宅【マイレア邸】を見学。【カウットゥアのテラスハウス】ではアールトの設計したサウナも体験し、女性事務員の宿舎だった【ヴィラ・アールト】に宿泊します。
その【マイレア邸】では、撮影だけでなく数日間滞在することができたというスータリ監督。幸運にも、サウナに入って、プールで泳ぎ、暖炉のそばで過ごせたとのこと。部屋にはロートレックやレジェ、ピカソなどの絵画が飾られ、緊張して眠れなかったとか。「日本の影響が感じられるウィンターガーデン(サンルーム)は、まるで森が家の中まで入ってきているような雰囲気でした」。
人間の日常生活をより美しくすることを第一に考えていたアイノとアルヴァ。現代の建築で忘れられている、心理的にも身体的にも人間のニーズに合った建築を思い出してほしいという想いもあったと監督。「もちろん映画でもそれらの建築を観ることができますが、実際に訪れてみると自然との調和がはっきりと感じられると思います」と話していました。
アールトと過ごした日々~パイミオ・サナトリウム
次に訪れるのは、今年90周年を迎えたモダニズム建築の傑作【パイミオ・サナトリウム】。結核患者のための療養所という性格もあり、都会から離れた森の中に建てられました。「そうした個人ではすこし行きにくい場所や、通常は見学しにくい建物などに訪れることができることもツアーのならではの特徴だと思います」とフィンツアーの美甘さん。またアールト建築をよく知らないという方にも十分楽しんでいただけるように、フィンランドの自然や暮らしを感じられるプランを考えられたそうです。
いちばん幸せを感じるのはどんな時ですかという質問に、「サマーハウスのサウナで夫(俳優のマルッティ・スオサロ)と過ごす時間です」と監督。映画『AALTO』のコ・プロデューサーであり、ユーフォリア・フィルムを共同経営しているマルッティ氏は、映画の中で手紙を読むアルヴァの声を担当しています。はじめアルヴァの声を真似しようとしていたマルッティ氏に対して監督は「私への手紙を読むようにお願いします」と演出したというエピソードも。
「映画作りのプロセスが非常に長くかかったので、アルヴァとアイノが自宅で一緒に暮らしているような気持ちだった」と監督。やっと映画が完成した時、夫のマルッティ氏が優しく「アルヴァとアイノにそろそろ家から出て行ってもらおう」と言ったそうです。「それほど彼らを近しく感じながら過ごしていました」。
ヘルシンキのアールト建築~旅のはじまり
ツアーの締めくくりはヘルシンキのアールト建築めぐり。【アールト自邸】【アールトのアトリエ】【アカデミア書店】【アルテック】、そして夕食は【レストラン・サヴォイ】へ。「フィンランド人だけれど私も参加したいくらいです。海沿いにもいくつかアールト建築があるのでぜひ外観だけでも見てみてください」と監督。ツアーでは今回紹介したアールト建築以外にも、さまざまな場所を訪れることができます。
▶︎ 映画『AALTO』フィンランドの自然と暮らしのデザイン建築めぐり8日間|北欧旅行フィンツアー
映画を撮り終えたあと、アールト建築を見る目が変わったというスータリ監督。アールトならではの、光、空間、素材の使い方など、以前よりも細かなディテールがはっきりと見えるようになってきたといいます。「幼い頃、あの【ロヴァニエミ市立図書館】でなぜ自分がいつも過ごしていたのか、その理由が理解できるようになりました」。
映画『AALTO』は、2023年10月13日から全国で公開。幼い頃のスータリ監督を魅了したアールトの建築やデザインの秘密を感じるために、アイノとの間で取り交わされた美しいラブレターなどからアールトの内面や人間性を知るために、またフィンランドや世界各地に残された数多くのアールト建築をめぐる旅の第一歩として、ぜひ劇場へお出かけください。
text + photo : harada