2026年7月15日、老舗ベーカリーカフェ〈Ekberg|エクベリ〉のフィンランド国外初となる常設店が、伊勢丹新宿店 本館地下1階にオープンしました。店頭にはコルヴァプースティ(シナモンロール)やヴォイ・シルマ・プッラ(バター目玉パン)などが並び、本場フィンランドの味を楽しむことができます。お店の前には開店時間と同時に行列ができ始め、その期待の大きさがひしひしと伝わってきました。
そこで今回は、この日のために来日した〈エクベリ〉のマーティン・チャクジックさんとニーナ・エクベリ=チャクジックさん、サイラ・ヴオリさんから伺ったお話とそのときの模様をお届けします。

会見の始まる前、マーティンさんが集まった記者一人一人に「はじめまして」「来てくれてありがとう」と声をかけながら握手していきます。その手がとても大きく感じられたので、これならきっと美味しいコルヴァプースティを焼けるにちがいないと──もちろんマーティンさんはベイカーではないけれど──心の中で思っていました。
エクベリの歴史/ヘルシンキの歴史
〈エクベリ〉の創業は1852年2月3日。初代フレデリック・エクベリが、ヘルシンキのクルーヌンハカ地区に最初のベーカリーを開業しました。ちょうどその12日後、同地区にあるヘルシンキ大聖堂の落成式が行われたといいます(ちなみに黒船来航が翌1853年なので、日本はまだ江戸時代)。この偶然は〈エクベリ〉というお店が、ヘルシンキの歴史の証人となっていくことを示唆していたかのようにも感じます。

サイラ・ヴオリさん(オペレーション・ディレクター)
その後、街の中心地であったアレクサンドル通り15番地に移転し、1862年にカフェをオープン。同年3月17日、その近くにヘルシンキ中央駅が開業しています。1915年には二代目のフリドルフが、現在も店を構えるブーレヴァルディ通り9番地に移転。フィンランドの独立はその2年後の1917年のことです。また三代目ラース・エクベリが1952年のヘルシンキ・オリンピック開催に合わせて大規模な店の改装を行いました。1977年に四代目のオットーとマイレンに引き継がれ、五代目となる今もそのクラシックな雰囲気を守り続けています。

こうして〈エクベリ〉の歴史を辿ってみると、家族経営であるひとつのお店が、シナモンロールの誕生(1900年代のスウェーデンといわれている)やフィンランドの建国よりも長い歴史をもっているという事実に驚きます。そんな174年の歴史を持つベーカリーが東京・新宿に常設店を構えたことは、フィンランド好きのみなさんにとっても見逃せないニュースなのではないでしょうか。
フィンランド国外初の常設店
〈エクベリ〉と日本の関わりは、2019年に都内の百貨店で行われたポップアップに遡ります。一週間という期間限定の出店でしたが、大好評を得たことにより、すぐに常設店への期待が高まりました。しかしその後、世界に蔓延したCOVIDの影響で全ての計画がストップしてしまいました。

今回なぜ日本にフィンランド国外初の常設店をオープンすることになったのでしょうか。マーティンさんがその理由を3つ挙げてくれました。まず個人的なことですが──、と。
1つ目の理由は、幼い頃ドイツのデュッセルドルフで暮らしていたマーティンさんに日本人の友達がいたこと。その友達の家へ遊びに行くうち、日本に対して憧れを感じるようになりました。2つ目は、ニーナさんの両親である四代目が40年ほど前に日本を訪れたとき、そのホスピタリティの素晴らしさに感激したという経験があったこと。3つ目は、本国の〈エクベリ〉にやってくる多くの日本人観光客や在住の方々から「どうして日本で出店しないのか」と云われ、背中を押されたこと。

──するとここで、焼きたてのコルヴァプースティが売り場に運ばれてきました。マーティンさんの話している最中ですが、カルダモンの香りに誘われて、ついついそちらに気が惹かれてしまいます。
出店にあたって一番大変だったことは、忍耐強くいなければならなかったことでした、とマーティンさん。一歩進んだら二歩下がるということの繰り返しで、もうこれで駄目かと思う瞬間もありました。けれど、とにかく前を向こうとがんばってきました。いま自分が代表して話をしていますが、たくさんの人たちに助けられて、こうしてオープンの日を迎えることができました、と。
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ドイツで育ったマーティンさんは、初めて〈エクベリ〉のコルヴァプースティを食べたとき、どのように感じたのでしょうか。フィンランドの伝統の味を守り続ける役目を担うことに対して、どのような思いを持っているのでしょうか。いつか、ヘルシンキの〈エクベリ〉でお会いする機会があったなら、ぜひお聞きしてみたいと思いました。
エクベリの味を求めて
また東京店のオープンを記念して、ムスティッカ・コルヴァプースティ(ブルーベリー・シナモンロール)が、新メニューとして本国と同時に発売されました。そのほか売り場には、コルップ(ラスク)やピックレイパ(焼き菓子)といった商品も並びます。こうしてフィンランドの食文化や〈エクベリ〉のことを日本のみなさんにお伝えすることができてとても誇りに思う、とディレクターのサイラさん(2019年のポップアップでも来日していたそう)。

フィンランドと日本では好みや環境が異なるので、同じレシピをそのまま持ってきたとしても同じ味を再現することはできません、とマーティンさん。たとえ小麦粉、バター、カルダモン、シナモン、パールシュガーなど同じ食材を揃えたとしても、フィンランドとは気候が異なります。日本で〈エクベリ〉のコルヴァプースティと呼べるものを作ることは困難を極めました。
ポップアップの経験はあったものの、そのときと今回は厨房も違います。また一週間の期間限定ではなく、常設店としてコンスタントに食材を調達することは非常に難しい問題でした。本国のベイカーを務めるハネス・トッピさんと一緒に、ひとつひとつの材料を吟味して、調合など細かい調整をしながら、こちらの厨房で何度も何度も焼いてみました。本場の味を体験してもらうために妥協することは決してなかった、といいます。

〈エクベリ〉という伝統を守っていくためには、先代たちと同じように常に進化していくことが必要なのかもしれません。最後にマーティンさんからこんな言葉がありました。これからもエクベリのいろんな商品を紹介していきたい。まだ具体的なことではなく夢の段階ではあるのですが、もっとお店を大きくしていきたい。
会見後、写真を撮っていると「やっぱりコルヴァプースティにはコーヒーだよね」とマーティンさん。その言葉を聞いて、もしかしたらいつかカフェとしての〈エクベリ〉が日本にオープンする日がやってくるのかもしれない──そんなことを想像しました。売り場を離れるとき「Kiitos paljon!」と声をかけると、また「Kiitos paljon!」と握手してくれたマーティンさん。きっとこれからもその大きな手で〈エクベリ〉のみなさんとフィンランドの味を守り続けてくれることでしょう。
text + photo : harada



