「いまどんな本を読んでます?」と、文学フリマ東京でお会いしたフィンランド語翻訳者・通訳の上山美保子さんに質問された。「うっ‥‥」と、ことばにつまったのは同時進行で複数読んでいたから。
マーガレット・アトウッド『ダンシング・ガールズ』、庄野千寿子『誕生日のアップルパイ』、アンドリ・スナイル・マグナソン『氷河が融けゆく国・アイスランドの物語』、アンドレイ・タルコフスキー『ホフマニアーナ』。リチャード・パワーズ『惑う星』と石牟礼道子・藤原新也『なみだふるはな』は読み終えたばかり。
続いて「ところでどんな本が好きですか?」と、みずいろブックスの岡村茉利奈さんに質問された。なんとこたえたらいいのだろう。この世界の片隅にあるちいさな声に耳をかたむけているような本かなとおもう。「うぁ、え、っと‥‥」こんど好きな作家をリストアップしておきますと伝えた。
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本を選ぶとき、国を基準にすることはほとんどない。トーヴェ・ヤンソンの小説に「フィンランド」を意識したのだって最近のこと。セルボ貴子さんのZINE『フィンランド文学ミニガイドブック』では、文学史の流れと代表的な作家が紹介されている。巻末の「日本語で読めるフィンランド小説リスト」をみてみると、トンミ・キンヌネン『四人の交差点』(2016) からロサ・リクソム『コンパートメントNo.6』(2025) まではすべて読んでいた。計9作、そう考えると日本で出版されているフィンランド文学はとても少ない。
そのかわり翻訳者で本を選ぶことはある。そんなとき、北欧語書籍翻訳者の会に所属する翻訳者の方々があつまる「北欧ブックフェスタ」が開催されることを教えてもらった。主催は東海大学北欧学科(柴山由里子准教授)と書店の葉々社。北欧文学ってなんだろう? そのこたえにすこしでも近づけたらとおもいながら、会場である東京・梅屋敷の仙六屋カフェへと向かった。

最初のトークセミナーは、みずいろブックスの岡村さん(フィンランド)とゆぎ書房の前田君江さん(アイスランド)。それぞれひとり出版社を立ち上げたきっかけを聞く。岡村さんから「カウリスマキ映画が好きで──」ということば。そのとき、ああ、その国の文化が好きだからという理由で本を選ぶということもあるのかもしれないとおもった。ところで岡村さんは文学フリマで品品さんの『キノ・ライカで歌う』を手に入れただろうか。
次に登壇されたのは、翻訳者の末延弘子さん(フィンランド)と枇谷玲子さん(デンマーク)、司会に小説家の青山七恵さん。末延さんはゆっくりとことばを選んで話す印象がある。あのパワフルなミア・カンキマキ(『清少納言を求めて、フィンランドから京都へ』『眠れない夜に思う、あこがれの女たち』)のリズムをどうやって翻訳されたのだろうと不思議におもう。一方、寓話的なレーナ・クルーン(『ウンブラ/タイナロン』『木々は8月に何をするのか』)は、末延さんならではの作品だとおもう。

セミナーの合間、国別に分かれた北欧の本をながめていると、友人におすすめされていた『氷河が融けゆく国、アイスランドの物語』があった(翻訳の朱位昌併さんも北欧語書籍翻訳者の会に所属)。本のなかにトールキンについての記述があって驚く。ちょうど『トールキンのクレルヴォ物語』を紹介したばかりだったから。北欧文学(神話)には、ファンタジーの源泉としての一面もあった。
最後のトークは、スウェーデン語翻訳者のヘレンハルメ美穂さんとライターの森百合子さんによる映画と北欧ミステリーの話。どうして北欧には多くのミステリー小説があるのかという質問に、社会の問題や不安を描きだすジャーナリスティックな側面があるのではないかとヘレンハルメさん。
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「えっと、あ、朱位さんのアイスランドの氷河の本を読んでます」と上山さんにこたえると、北欧ブックフェスタ2日目に対談されたという伊達朱実さん(ノルウェー)翻訳のヨン・フォッセ『朝と夕』をおすすめされた。「どんなふうに読むかなとおもって」と。
──『朝と夕』は、漁師ヨハネスの人生の最初の日と最後の日を描いた物語、ひとはひとりでこの世界に生まれることはできない、けれどだれもがひとりでこの世界を出ていくことになる、なにも持たずに生まれてきたのに、たくさんのものをあとに残していく、この物語で知ることのできるヨハネスの人生はほんの断片でしかない、もしかしたら人生とはその残された記憶のことをいうのだろうか、読みはじめてすぐに気づくのが、文章に句点(ピリオド)がひとつもないこと、魂は通りすぎていく、この世界を、この人生を、この身体を、そして魂は交差していく、あの世界と、あの人生と、あの身体と、だれにも魂のはじまりもおわりもわからないから
そんなことをおもいながら読んだ。それは世界の片隅の物語だった。

text + photo : harada
yo la tengo – my little corner of the world


