Artek Tokyo Store

しあわせのレシピを求めて〜JKMM Architectsトークイベント@Artek Tokyo Store

ヘルシンキのアモス・レックス美術館をはじめ、フィンランド各地でランドマークとなるような公共施設の設計を手がけてきた建築デザイン事務所JKMM Architects (以下、 JKMM)。

2024年2月、来日したJKMMのメンバーのうち、テーム・クルケラ氏(建築家/創設者)とパイヴィ・メウロネン氏(デザイナー/インテリア部門主任)が、表参道のArtek Tokyo Storeにてトークイベントを行いました。遅ればせながら、そのときの模様をお届けしたいとおもいます。

Happiness:しあわせを実現するには
Culture:歴史と文化を支える建物
 ① アモス・レックス美術館
 ② シャッペ・アートハウス
 ③ リレハンメル美術館
Knowledge:アアルトの哲学を継承する
 ④ セイナヨキ図書館
 ⑤ ハラルド・ヘルリン学習センター
 ⑥ キルッコヌンミ図書館
Wellbeing:未来へとつながる扉
 ⑦ アコラ・マナー
 ⑧ ハウス・オブ・サウンド
 ⑨ ヘルシンキ国立博物館


■ Happiness:しあわせを実現するには

【Recipes for Happiness|しあわせのレシピ】と題された今回のトークイベントのテーマは「幸福な空間をどのように建築とデザインで実現していくのか?」というもの。この「幸福」というキーワードは、JKMMのウェブサイトでも最初に登場するように、彼らの設計理念においてもっとも大切にされているものです。

Teemu Kurkela & Päivi Meuronen (JKMM Architects)
Teemu Kurkela & Päivi Meuronen

フィンランドのみならずモダニズム建築を代表する建築家といえばアルヴァ・アアルトですが、会場となったアルテックはご存知の通り、アアルトらが1935年に創業したインテリアブランドです。その創業時のヴィジョンには、アアルト夫妻が設計した家具の生産・販売に加え、一般市民への文化啓蒙活動という側面もありました。

アアルト夫妻が大切にしたのは、ユーザーを中心として設計・デザインすること。JKMMもそうしたアルテックと近いヴィジョンをもっているのではないかと、司会の林アンニさん(アルテック)。だとすれば、JKMMではどのようなかたちでアアルト建築を継承してきたのでしょうか。

1998年に設立されたJKMM(名称は創設者4名の頭文字より)は、建築だけでなくインテリアデザイン・家具・グラフィック・イベント・アート・キュレーションなど、さまざまな活動を行っています。テーム氏によると「トータルデザイン」というフィンランドの伝統を受け継いでいるとのこと。

また、約100名ものデザイナーを擁するJKMMですが、トップダウンではなく、それぞれのデザイナーたちの内側から湧きあがってくるクリエイティビティを重視しているそうです。アールトという大きな才能に匹敵する仕事をいまに残すには、多くのアイデアとそれらを活かす環境が必要です。

世界一幸福な国といわれるフィンランドですが、幸福な社会とはどうしたら実現できるのでしょうか。JKMMでは、ビジネスとテクノロジーを基盤として「文化」「知識」「ウェルビーイング」が重要な要素であると考えています。建築家というものは幸福のインフラを構築する鍵を握っていると、テーム氏はいいます。

ここからは幸福を実現するためのそれら3つの要素を考察しながら、JKMMの代表作や最新プロジェクトを紹介していきます。


■ Culture:歴史と文化を支える建物

最初の要素は「文化」。それらに出会い、育み、支える代表的な建物といえば、やはり美術館や博物館が挙げられるでしょうか。JKMMが設計するミュージアムの特徴として、施設を地下におくことがよくみられます。その理由のひとつは町の景観を保つ必要性があるため。文化というものは一方的にあたえられるものではなく、人や歴史、環境との調和が大切です。

Artek Tokyo Store
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① Amos Rex Art Museum (2018)

ヘルシンキのカンピ地区にあるアモス・レックス美術館は、フィンランドのモダニズム建築の傑作とされるラシパラツィのリノベーションと同時に、地下に造られました。地上部分はかつてバスロータリーとして利用されていましたが、現在は人々の憩いの広場となっています。

地下への採光のために設置されたいくつもの丸い窓が印象的で、それらは不思議と景観に溶け込んでいます。古い文化を守りつつ、新しい価値を生み出した成功例といえるのではないでしょうか。

▶︎ Amos Rex Art Museum – JKMM

② Chappe Art House (2024)

フィンランド南岸の歴史ある町タンミサーリに、3階建ての小さな美術館 Chappe Art House はあります。2階の展示スペースからは、18世紀の木造建築が残る旧市街を見下ろすこともできます。

地下でつながるラーセボリ博物館(ヘレン・シェルフベックの常設展示も)の庭園と隣接していることも特徴。この新しい美術館によって街に訪れる人が大幅に増え、近隣に5つのレストランがオープンしたとか。小さな美術館だとしても街の暮らしにあざやかな彩りをくわえることができるという証明にもなっています。

▶︎ Chappe Art House – JKMM

③ Lillehammer Art Museum (2022)

ウィンタースポーツで有名なノルウェーのリレハンメル。街の中心部にある文化の要として建設されたのがリレハンメル美術館です。人々の出会いを生むコミュニティスペースを地上に設け、多目的な役割を果たすことのできるフレキシブルな空間をもっています。

渓流のなかに岩がある風景をイメージしており、天窓にもなっているクリスタル型の岩はアモス・レックスと同様、座ったり、登ったり、遊んだりすることが可能。美術館のある街はやはり文化の香りがします。

▶︎ Lillehammer Art Museum – JKMM


■ Knowledge:アアルトの哲学を継承する

2つ目の要素は「知識」。多くのアアルト建築が現存し、それらをもとめて世界中から建築家や愛好家が訪れるフィンランド。アアルトの哲学を後世に伝えていくことも重要です。それらは過去の遺産としてただ保存するのではなく、アルヴァ・アアルトの残した建築と対話しながら、あらたな建築へと生かしていくということにほかなりません。

Teemu Kurkela
Teemu Kurkela
④ Seinäjoki Library (2012)

セイナヨキは中央フィンランドの小さな町。アアルト・センターと呼ばれる一角には、アルヴァ・アアルトが設計した教会・教区センター・市役所・オフィスビル・図書館・シアターなどが集まっています。

そうしたアアルト建築との調和を考慮しながら設計されたのが、セイナヨキ図書館(別名アピラ図書館)。アアルト建築を真似るのではなく、アアルトと同じテーマを用いながら設計することを心がけていたそうです。透明性や開放感が感じられる大きな窓が特徴で、日本の「折り紙」からもインスピレーションを受けているとのこと。

▶︎ Seinäjoki Library – JKMM

⑤ Harald Herlin Learning Centre (2016)

アアルトが1970年に設計したアアルト大学の図書館を、JKMMがリノベーションしたハラルド・ヘルリン学習センター。1フロア分の床を排除し(地下の2フロアはかつて書庫だった)、天井からの自然光をとどける吹き抜けを設置。柱に床のあった跡がそのまま残されています。

アアルト建築にこれほど手を加えることはとても大胆におもえますが、古い建物に新しいレイヤーを重ねることで、多機能・多目的・多人数でつかえるフレキシブルな場所に生まれ変わらせることができたとパイヴィ氏。

▶︎ Harald Herlin Learning Centre – JKMM

⑥ Kirkkonummi Library (2020)

ヘルシンキから東に30kmほど離れた小さな町キルッコヌンミ。その名(「荒野の教会」の意)のとおり、町の中心には中世に建てられた石造りの教会があります。古い図書館を改装し、ワークショップや講座なども行える市民センターとしての機能を加えました。

町のアイデンティティでもある古い教会を眺めながら、新聞を読んだり、コーヒーを飲んだり、リラックスして楽しめる町の人々にとってのリビングルームのような場所となっています。家具に照明、本棚やカーペットにいたるまで、インテリアデザインと建築が融合して補完しあうことを目指したそうです。

▶︎ Kirkkonummi Library – JKMM


■ Wellbeing:未来へとつながる扉

3つ目の「ウェルビーイング」は、心身ともに満たされた状態であること。親密でローカルなコミュニティを活性化することも幸福を実現する要素になります。日常から離れて心地よい時間をすごすためには、これからの時代、どのような建物が必要とされていくのでしょうか。

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⑦ Akola Manor (2021)

アコラ・マナーは、スウェーデン統治下1796年に建設されたマナーハウス。フィンランド北西部ラップランドに隣接するイーという町にあります。テーム氏の祖父が1910年に購入した建物で、リノベーションには10年という時間をかけられました。

荘園の歴史とスピリットを継承することをテーマに、たくさんのものを詰めこむのではなく、スペースを広く保ち、思考がクリアになっていくようなモダンな空間を目指しました。この建物が、新しいドア(幸福への可能性)を開いているように思うとテーム氏。

▶︎ Akola Manor – JKMM

⑧ House of Sound (2026)

アコラ・マナーの敷地内にオープン予定のハウス・オブ・サウンドは、マルコ・アハティサーリ(アートディレクター/Helsinki Festival)、アレクサンドラ・ペルジン、テーム・クルケラによるプロジェクト。未来のミュージアムをテーマに、サウンドインスタレーションやさまざまな音響を体験できる施設となります。

2026年8月に開催予定のオープニング展では、サーペンタイン・ギャラリー(ロンドン)のハンス・ウルリッヒ・オブリストがキュレーションを担当。人里から離れた静寂のなかで聴く音は一体どのように響くのでしょうか。

▶︎ House of Sound – JKMM

⑨ National Museum of Finland (2027)

1916年に開業したフィンランド国立博物館。JKMMでは、古い博物館のエントランス部分と地下の展示スペースを設計しました。正面玄関となる大きな円盤型の建物は、その中心に金色の立方体を設置することで屋根を支えています。天井に貼りめぐらされたセラミックタイルが印象的です。

歴史的な建物に新しいレイヤーをつけ加えることを目指したとテーム氏。過去をふりかえることが博物館の役割ではあるけれど、ここでは未来を見つめることもできるようにと考えたそうです。

▶︎ National Museum of Finland – JKMM


テーム氏は、300年前に建設された木造教会のなかへ入ったとき、これだけ古いまま美しく保たれた心地いい空間を、いまの建築でつくることが可能なのだろうかと思ったそうです。パイヴィ氏も、美しくエイジングを重ねた建築や家具にはとても魅力があり、そこにただ手を加えるのではなく、愛でて愛でて愛でつづけることで味が出てくるのではないか、と。

また、すべての建物は人々に良い影響(幸福)を与えるものであるべきだとパイヴィ氏。人生をより良くするプロセスとして、自分のできる範囲で小さなことを着実に積み重ねていくこと、それら小さなことで幸福感を得られるということがとても大事なのではないかとテーム氏はいいます。

ここ日本において、自然環境や文化は守られているでしょうか、知識は継承されているでしょうか、ウェルビーイングというものを感じられているでしょうか。それぞれ自分自身にとっての幸福をいまいちど見直してみる必要があるのかもしれません。JKMMの目指す建築のあり方は、これからのライフスタイルやサステナビリティ、環境や社会を考える上での重要なレシピ、大きなヒントとなるはずです。

text + photo : harada

Headstart for Happiness – The Style Council

(本記事ではAaltoの表記をアアルトに統一しました, 2024.9.26)