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01.07.2018
2018.7.1|column

雑誌「CAFERES」の北浦くんに、先だって取材を受けたインタビュー記事の校正原稿を戻す。細かなニュアンスの補正を除けば、ほとんど直す必要のない原稿。これってオレの仕事?!と思いながら、てにをはから直さなきゃならないような原稿も少なくないなか、本当にストレスなくやりとりできるのがありがたい。

じつは、かつて「CAFERES」にコラムを連載させていただいた当時の担当編集者がこの北浦くんで、その意味で気心の知れた間柄ではあるのだが、それでもインタビューにあたっては事前にかなり下調べしてきてくれたようだった。どんな仕事であっても、人と人とのやりとりが発生する以上、まず相手に敬意を払うことは必要最低限のたしなみである。北浦くんの仕事ぶりを通して、あらためてそう感じた。

一方、最近(まあ、いまに始まった話ではないが)SNSで「食べログ」に批判の声が上がっているのをよく見かける。無断でお店を掲載、それを勝手に一般人に書かせて、自分のところでは一切のリスクを背負わず搾取だけするという仕組み自体がそもそもエゲツないのだが、とりわけ飲食関係者の中に怒っているひとが多いという実情が、いかにこれまで礼儀を欠いた商売をしてきたかということを物語ってはいないか。

毒を吐いた後は、心をふたたび平らにならすための時間。うつくしい景色は、もうちょっと見ていたいと思うのにあっけなく終わってしまうものだが、そんなお約束どおりヤンググループの2枚のアルバムもとてもうつくしく、またあっけなく終わってしまう。彼らの音楽を耳にするたび、世界が、こういうやさしい場所であることを願わずにいられない。→ THE YOUNG GROUP/TJONNIK

きょうも、ただただ暑かった。そんななか足を運んでくださったみなさま、心よりありがとうございました。あべさん、のんびりできずゴメンなさい。また面白い話教えてください。

02.07.2018
2018.7.2|column

1日のうちにセミの声を聞き蚊に刺され、早くも全身で「夏」を満喫中……。

きょうも朝からド暑いので、ここでひとつ冷んやりするお話でも。以下、脳内で稲川淳二の声に変換した上でぜひお読みください……

自宅から最寄りの駅まで行く途中、新築中の一戸建てがある。以前はかなり古い木造の平屋だったのだが、こんどは白っぽい外壁の洒落た2階建である。見たところ外観はだいぶ仕上がってきているが、内装はまだまだこれからといった様子。

さて、昨日のこと、朝8時半ごろいつものようにこの一軒家の横を通りがかった。日曜日ということもあって作業服姿の人たちも見あたらず、建物はひっそり静まりかえっている。

と、何かが動いているような気配を感じ2階の窓を見上げてみると、ベッドの上で遊んでいるのか、ぴょんぴょんと飛び上がるポニーテールの小学3、4年生くらいの少女のシルエットが窓ガラス越しに目に飛び込んできた。夏の朝の光は強く、逆光になった建物の中の様子は飛び跳ねる人影を除いてほとんどなにも見えない。

あれ? なんかおかしくない? そう気づいたのは、通り過ぎてしばらくしてからのことだ。最初、日曜日だし家主の家族が下見がてら遊びにきているのだろうくらいにしか思わなかったのだが、それにしてはその少女以外の人影はまったく見当たらなかったし、物音ひとつ聞こえてはこなかった。しかもこの暑さにもかかわらず、窓はぴっちり閉じられたまま。もちろん、エアコンなんてまだ付いているはずもない。

また、ふつうだったら周囲に乗ってきたとおぼしき乗用車の1台も停まっていそうなものだが、それすらない。それに、だいたい、まだ工事中の2階の部屋にベッドやらトランポリンやらがあることじたい不自然だし、たとえ家主だったとしても、安全上、引渡し前の現場にだれも付き添うこともなく入れるはずもない。とにかく、考え出したらなにもかにもがおかしいのだ。

けさ、やはり同じ建築中の家の前を通った。なにもなかったかのように忙しく立ちはたらく作業着姿の人をつかまえて、「きのうの朝、ここに小学生くらいの女の子いましたよね?」とは、さすがに聞けなかった。座敷わらし…… かな?

夕方、桂歌丸師匠の訃報に接する。なんといっても一般的には『笑点』のイメージなのだろうが、日曜夕方にはがっつり仕事をしているぼくにとっては軽い噺から人情噺までしっかり聴かせる本寸法の落語家としてのイメージのほうが強い。また、落語芸術協会の会長として寄席の番組に上方の落語家の枠をつくったり、圓楽一門会の落語家を客演に呼んだり、歌丸師匠の人徳ゆえになしえた事柄も多い。

最後に聴けたのは3年前の浅草、板付(歩けないため袖から登場するのではなく、一旦幕を下ろし座った状態から登場すること)で姿を見せた歌丸師匠はすっかり痩せ細ってしまい見るからに痛々しい様子だったのだが、いざ噺(お得意の「後生鰻」だった)に入ると、よく通る声でよどみなく噺を進めて客席を驚かせた。晩年の喜多八師匠もそうだったが、噺家の高座にかける執念には尋常ならざるものがある。その凄みに圧倒され、震えた。

03.07.2018
2018.7.3|column

それはともかく、「ダイドードリンコ」の「コ」が気になってしかたない。ふつうに「ク」じゃダメだったのか。そう思って調べたら、「コ」以前に、社名全体をいじくりすぎていてまったく伝わらない感じになっていておどろいた。

まず、「ダイドー」は設立母体である「大同薬品工業株式会社」からきているとのこと。なんだ、フツーじゃんか。と思ったら、とんでもない。ダイドーの表記は英文で「DyDo」という、英語でありながらまず確実に英語圏のひとが発音できないものなのだが、そのココロは「『ダイナミック(Dynamic)』にチャレンジを『行う=ドゥ(Do)』という企業姿勢を表し」ているという。いやいや、まったく気づかなかったよ……。

次に、いよいよ問題の「ドリンコ」である。ウェブサイトによれば、「英語の『ドリンク(Drink)』に、“仲間・会社”を意味する『カンパニー(Company)』をプラスした当社の造語です」と誇らしげだ。誇らしげなのはかまわないが、申し訳ないが1mmも伝わらないのがかえってすごい。。そして、全体としてはつぎのような企業理念が込められているのだそうだ。「ダイナミックに活動するドリンク仲間」。ドリンク仲間……。なので、もし街で「ダイドードリンコ」のひとを見かけたら、「いよっ! ドリンク仲間!」と声をかけてあげよう。きっとダイナミックな活動をみせてくれるはずだ。最低、バク転くらいはしてくれるんじゃなかろうか。

さて、きょうは定休日だったのだが、どうしても自力でつくってみたい北欧菓子があり、朝から店に「師匠」をお招きして指導を仰いだ。だいたいぼくにお菓子づくりを教えるというのは、おそらく老人にスマホを教えるくらいめんどくさいことにちがいない。それを、イヤな顔ひとつ見せず懇切丁寧に教えてくださったのはありがたいかぎり。いずれ上手に焼けるようになったら、お店のメニューとしてみなさまに召し上がっていただきたいとかんがえている。

04.07.2018
2018.7.4|book

ここ1週間ばかり、東京は看板が飛ばされやしないか心配になるような強い風が吹き荒れている。注意報が発令されるような強風が、こんな何日間もやまないなんて珍しいのではないだろうか。なんとなく気になるので書いておく。 

ところで、きょうは無性においしいコーヒーが飲みたい気分だった。じゃあ自分で淹れれば? という声が聞こえてきそうだが、ちがうのだ。誰かが、自分のために、目の前で淹れてくれたコーヒーが飲みたいのだ。ワイン、紅茶、抹茶、バナナジュース、焼酎…… ひとくちに飲み物といってもいろいろだが、コーヒー、とりわけハンドドリップのコーヒーは他のどれよりも「手料理」に近いところがあるのではないか。おなじ豆をおなじ道具で淹れても、淹れるひとのちょっとした手クセのようなものが影響するのか不思議とみなちがう味になる。そしてそこが愉しい。そこが嬉しい。だから、どうせもてなしてもらうのならぼくはコーヒーでもてなされたい。

獅子文六の娯楽小説『コーヒーと恋愛(可否道)』には、目分量で、傍目にはざっくりとしたやり方ながらどんな口うるさいひとも唸らせるうまいコーヒーを淹れる女主人公が登場する。ひとつ言えるのは、「そんなアホな」と頭ごなしに言うひとはたぶん一生ほんとうにおいしいコーヒーにはありつけないだろうということ。

『三人噺 志ん生・馬生・志ん朝』という本を読んだ。ミルブックスのF社長(まあ、わざわざ隠すまでもなく藤原さんなんですけど)が、おもしろかったからと持ってきてくださったなかの一冊。著者の美濃部美津子は、昭和の名人古今亭志ん生の長女にして、先代の金原亭馬生、古今亭志ん朝の実の姉にあたるひと。亡くなる間際、志ん生が身の回りの世話をしていた著者に対して、もし「志ん生」の名前を継がせるなら兄の馬生ではなく志ん朝にと言い残したといったエピソードなど、近親者ならではの貴重なエピソードにも豊富であっという間に読んでしまった。ちなみに、このエピソードについていえばなにも馬生が志ん朝よりも劣るといった意味ではなく、カラッと明るく華のある志ん朝の芸風のほうがより「志ん生」の名前にはふさわしいからという理由である。ぼくは、噺からやさしさがこぼれるような馬生の「笠碁」が大好きなのだが、幼い頃から病弱でおとなしく、やさしい子供だったというエピソードを知り、なるほどなあと納得した。

それにしても、「なめくじ長屋」と呼ばれたちいさな家に志ん生と馬生、志ん朝の3人がいたということのスゴさをなんとか伝えたくていろいろ考えてはみたのだが、結果、ひとつのどんぶりにトンカツと天ぷらとうなぎの蒲焼がのっているような状態という胸焼けするような比喩しか思いつかなかったのでやめる。

05.07.2018
2018.7.5|column

アイデア帳がわりに使っているiPhoneの中のメモを整理しようと思い、古いものから順に見返していたら、ただ一行、これだけ書かれたページに出会った。──「ゲソの旨みおでん。」ーー どっと疲れた。

五月ごろだったか、お茶をしながらパンフレットやらガイドブックやらを並べてフィンランド旅行の計画を練っているお客様の間に、いてもたってもいられずスタッフと店主とで乱入したことがあった(時々ある)。

先日、無事に帰国したそのお客様がたが旅の報告がてらふたたびご来店くださったのだが、そのとき会話の中でお話しさせていただいた事柄が現地で少しは役に立ったようでうれしかった。十年くらい前とちがい、昨今はフィンランド関係のガイドブックも充実しているし、なによりネットを探せばお店や観光スポットの情報も容易に手に入れることができる。だが、ちょっとした雑談などもまじえつつ会話しているうち、そのお客様がほんとうに必要としている情報や、ガイドブックには出ていなくてもその人なら絶対に気に入るであろうようなスポットを思いついて紹介したりできるのがやはりリアルの強みである。

夏から秋にかけてフィンランド旅行を計画中の方、ぜひ当店へ。おしゃべりしているうちなにか有用な情報をご紹介することもできるかも。

6.07.2018
2018.7.6|column

 まずお知らせ。お席の予約が可能になりました。とは言っても、ご存知のようにつねに予約席を確保できるほどテーブルが多くないので、開店時間(平日11時30分、土日祝12時)のみですが事前にご予約いただけます。利用制限時間(最大90分)など若干の制約はあるものの、遠方からのお客様や3名以上のお客様には便利になるかと思います。ぜひご利用ください。ご予約の方法など、くわしくはこちらから。

──

あまってしまったアイスコーヒーをコーヒーゼリーにしておいて、翌日の営業中にこっそり食べるのが最近の密かなたのしみ。働き方改革。

雨降りで暇なので、今後の計画などつらつら考えている。北欧に限らず、モイらしい面白そうなイベントを増やしていきたいと思っているところ。教室、トークイベント、ワークショップ、読書会…… あと、たとえば十人くらい連れ立って寄席に行くとか、展覧会行くとか、そういうちょっと風変わりな遠足やら社会科見学めいたコトとかも賛同者がいればやってみたいのだけどね。

以上、ここのところすっかり弱っている岩間でした!

──

あ、最後にもうひとつお知らせを。都合により、あすは「フィンランドごはん」の提供はお休みさせていただきます。というわけで、荻窪時代からの人気メニューで現在は水曜日、木曜日のみに提供している「北欧風タルタルサンド」を週末にお召し上がりいただけるチャンスとなっております!! 数に限りがありますのでお早めに。

07.07.2018
2018.7.8|nature

広範囲にわたって、しかも1週間以上おなじ地域を断続的に豪雨が見舞う。こんなこと過去にあったろうか? ちょっと思い浮かばない。被害を受けた地域が広すぎて救助活動が追いつかないといった状況も含め、東日本大震災のときの津波被害の映像を否が応にも思い出して重苦しい気分になる。そして、そんなタイミングでの千葉県を震源とするM6の地震である。ここのところ、ふだんとは明らかにちがうことが多かったのである程度覚悟していたとはいえ、実際に揺れるとやっぱりイヤなものだ。

こういうことがあると、いま立っている足元なんてじつは自分が思っているほどには広くはないし、また堅固でもない、そんなふうに思えてくる。政治もこんな塩梅だし、巨大地震もそう遠くない将来起こるだろう。喫茶店でのんびりお茶をする。そんなありふれた、いつでもできると思っていたことが、振り返ればとてもぜいたくで、貴重な平和なひとときだった、そう思う日がいずれやってくるのではないか。というのも、こういうささやかな、嗜好品のようなことほどまず真っ先に失われ、そして戻ってくるのは最後の最後と決まっているからだ。

ぼくは基本ペシミストなので、これからおそらく到来するであろう「冬」をいかにして生きるか、なにを心のよりどころにして耐え抜くか、そんなことばかりつい考えてしまう。たくさんのモノを所有するよりも、だからぼくはたくさんの思い出、たくさんのよい時間の記憶を持ちたい。壊れ、失われ、またときに奪われてしまうモノにくらべて、他人は誰かの思い出を奪うことはできない。そして、いつでも好きなときにぼくらはそれを引っ張り出し、味わうことができる。 

はたして残された時間がどれだけあるかはわからないが、とにかく、ちいさな、楽しい時間の記憶をできるだけたくさんいまのうちからストックしておきたいものだ。それはきっと、最悪のときにぼくを救ってくれるものだから。

08.07.2018
2018.7.9|event

いつもお世話になっているアアルトコーヒーの庄野さんと、9月8日[土]の夜になにかやります。なにをやるかはまだまったく決まっていません。くわしくは決定次第ご案内させていただきますが、なにかやるということだけはとりあえず決定したのでまずはスケジュール帳に予定だけ書き込んでおいてください。

一応、ざっくりと「コーヒーとミステリ(仮)」という感じで、ミステリ好きの庄野さんとミステリ初心者の岩間とで北欧ミステリの話なんかしつつコーヒーを淹れるようなイベントをイメージしています。庄野さん、東京でも頻繁にイベントをやられていますが、いままでよそではやっていないような、庄野さんの趣味が爆発するようなユニークなことをやりたいと考えていますのでどうぞお楽しみに。

09.07.2018
2018.7.9|column

いきなりゴゴーンと朝から雷が鳴ったのには驚いた。いつもより早く支度が整ったのでのんびりしていたのだが、ビショ濡れになってはたまらないとバッグを鷲掴みにしてあわてて家を出た。たいして降られることもなく無事たどり着いたのはいいが、吉祥寺はまったく何事もなかったかのように晴れている。しかも30分も早く着いてしまいスーパーも開いていないので、やむなく駅でコーヒーを飲みつつ時間を潰す。雨には濡れずにすんだが、なんとなく損をしたような心持ち。

開店前に、街あるき系ウェブマガジンの取材。公開は今月の下旬くらいとのこと。他に、以前受けた雑誌取材の原稿をあらためて確認して戻す。単行本に転載することになったのだそうだ。

きょうは、お客様はほぼ常連さんばかり。そして、数少ないフリのお客様はほとんど外国のひとばかり。日本人はどこに消えてしまったのか? 体感的には、つまり店のカウンターからの観察にもとづく印象では、日本の人口はざっと三百人くらいか。

北海道に行ってきたというタザワさんが、木の質感を生かした「旭川駅」の素晴らしさについてあまりに力説するので調べたところ、なるほど、内藤廣の設計だった。東京駅にかぎらず、かつては上野にせよ新宿にせよ駅はその街の玄関口としての特徴的な顔立ちをしていたが、いまや東京の主要な駅はどこも「電車も停まるテナントビル」みたいなことになってしまった。駅に行って旅情をかき立てられるなどということはほとんどないし、そもそも思わず写真を撮りたくなるような「顔」をしていない。その意味で、たしかにタザワさんの言うとおり、旭川駅はいかにも駅らしい駅であると思った。

それはそうと、いくつか写真で見せてもらった北海道の風景は、まるでフィンランドのそれのようで心洗われた。どこでもいいから、とりあえずは白樺がニョキニョキ生えているところに行きたい。それがダメなら、せめて井の頭公園の木々をぜんぶ、だれか白いペンキで塗ってはもらえないだろうか。

11.07.2018
2018.7.12|column

笑いのツボが似ている。これは、友人にせよ恋人や夫婦にせよ、長く一緒に過ごすうえで食べ物や洋服の趣味以上にじつは大切なのではないか。

ときどき、ぼくが落語が好きで寄席に通ったりしていることを知るひとから、オススメの噺や落語家を尋ねられることがある。おそらく相手は軽い気持ちで訊いているのだと思うが、訊かれるこちらからすればこれはなかなかの難問で、つい毎回口ごもってしまいなんだかもったいぶっているような感じになってきまりが悪い。

というのも、相手の笑いのツボが自分と似ていればまったく問題ないのだが、もし違っていた場合「なあんだ、面白いというから聴いてみたのにぜんぜん笑えないじゃないか」などと思われてしまうのが怖いからなのである。たとえば、ぼくはあまり新作落語が好きではないのだが(まったく聴かないというわけではない)、いま面白いと評判の若手落語家の新作をほとんどクスリともせず聴き通したことがある。これは、この落語家の新作がつまらないというわけでなく、自分の笑いのツボとことごとく違っていたからにちがいない。実際、周囲には笑っているひとも多かったのだ(一緒に行った知り合いは笑っていなかったが)。

それに、落語をよく聴くひとなら知っているように、落語の中にはたとえば人情噺や怪談噺、あるいは元々は講談のネタであったものを落語に移し替えた噺など、笑わせることに重きを置いていないネタもたくさんある。また、同じ噺でも演じ手によってまったく印象が異なるといったことも少なからずあったりする。なので、これから落語を聴いてみようというひとが面白い落語と出会うための近道は、まず自分と笑いのツボが似ている人で、しかも落語が好きという人をみつけるところから始めるのがいい。

とはいえ、なかなかそううまくそんな人と出会えるものだろうか? その点、ぼくの場合、落語を聴きはじめた当初、日ごろからこの人は楽しいなあと思っていた人で、しかも落語にもくわしいという人が周囲に2、3人いたおかげですんなり落語の世界に分け入ってゆくことができた。

たとえば、そんな「水先案内人」のひとりにコバヤシさんがいる。まだ、ぼくがほとんど落語家の名前さえまともに知らなかったころ、彼女がおすすめしてくれた何人かの噺家は例外なく面白く感じたのだが、これは、コバヤシさんとぼくの笑いのツボがどこか似ているということがまずあったからだろう。

コバヤシさんはこうも言う。「寄席を一歩出たとたん、なんのネタをやったか思い出せないくらいが丁度いい」。けだし名言である。落語は寄席という小さな宇宙の中でのみ通用する〝ファンタジー〟なのだから、寄席の中だけで完結するくらいの「程よさ」こそが肝心だ。

だいたい、ぼくは落語に余韻を求めていない。それどころか、余韻を残さないことにこそ、芝居や映画と決定的にちがう落語の美学があるとさえかんがえている。いちど寄席の外に出たならば、あとは「ああ、楽しかった」という気分だけがフワッと残ればそれで十分だ。

そういうわけだから、ぼくの好きな落語家に共通するのは、スーッときれいに余韻を切ることの上手さであり、またそこから生まれる「軽さ」である。

たとえば春風亭一朝師匠、瀧川鯉昇師匠、柳亭市馬師匠、桃月庵白酒師匠、三遊亭兼好師匠、柳家小せん師匠、古今亭菊志ん師匠、三遊亭萬橘師匠、雷門小助六師匠、それに三笑亭夢丸師匠といった人たちがいますぐ寄席で聴ける、ぼくの好みにかなった落語家である。思い浮かぶままに。ご参考まで。

12.07.2018-13.07.2018
2018.7.14|music

◎ 12.07.2018

どういうわけか、真夏になるときまってマイルス・デイビスの『マイルス・アヘッド』とフェデリコ・モンポウの『内的な印象』が聴きたくなる。真夏といえば、光の強さであると同時に、また影の濃さでもある。思うに、この2枚のアルバムには、そんな光と影の強烈なコントラストが刻み込まれているからじゃないたろうか。

たとえばモンポウの『内的な印象』の第2番「哀歌」では、貞淑で美しい旋律に暗鬱な低音のオスティナートが影のようにつきまとうのだが、以前この作品を編曲したある音楽家が、ばっさりとこのオスティナートを取り除いてしまっていて、そのため安っぽいムード音楽のようになってしまっていたのにはひどく落胆した。影は光がないところには存在しないが、光もまた影のない場所ではその意味を喪ってしまうものなのだ。

同世代のひと相手にしゃべっていると、そうそう、あるある、わかるわかるで話が済んでしまうのでとても楽だなと思う反面、このままではバカになってしまうのではないかと軽い恐怖心に襲われる。

その点、上でもいいし下でもかまわないが、年の差のある相手だとうまく伝えることを考えながらしゃべらないといけないのでアタマを使うことになる。さまざまな年代、背景をもったひととフリートークをする機会に恵まれているこの仕事は、そういう意味でなかなかに手強く、またそこに面白みがある。

◎ 13.07.2018

お休みをいただき、早朝から病院。さすがに病院に15時間はキツかった。時間がかかるのは覚悟していたので、堀江敏幸『郊外』、田村泰次郎『わが青春文壇記』、小西康陽のコラム集を抱えていったのだが、まともに腰掛ける場所すらない状況では、せいぜい読めるのも最初の3、4時間といったところ。23時帰宅。

14.07.2018
2018.7.15|column

いまバスの中なのだが、運転手がバス停の名前を誤って訓読みでアナウンスし続けていてめっちゃ気になる。そこまで難読地名でもないし、だいたい自動音声はちゃんとした名称でアナウンスしているのだから気づけよと言いたい。バス通勤になって2年くらいになるが、バスの運転手は良くも悪くも独特のキャラクターの持ち主が多い。多すぎる。

猛暑日。予想通り、だれも歩いていない。土曜日なのに。みんな家に引きこもっているにちがいない。「光熱費がヤバいんですよね」スタッフが言う。休日、こんな感じで暑い日が続き、つい出不精になりエアコンの効いた部屋でダラダラしていると、翌月、光熱費の請求額がとんでもなく跳ね上がっていて目の玉が飛び出るのだとか。なるほど。

数年前しばらく手伝ってもらっていたスタッフから連絡があり、念願叶ってスウェーデンへ家族で旅行することになったのでおすすめを教えてほしいとのこと。スウェーデンについては不案内だが、「森の火葬場」だけは絶対に行くように指示。

「火葬場」などと聞くとなんとなく湿っぽい場所を想像して躊躇してしまうかもしれないが、実際足を運んでしまうとまったくそんなことはない。むしろ、ずっとここにいたいと思ってしまうほどだ。あの場所ほど、北欧に暮らす人たちの「死生観」を理屈抜きに理解できるところはない。もしも北欧に関心があるのなら、かならず一度は足を運ぶべき場所。

15.07.2018
2018.7.16|column

きっと信じてはくれまいだろうが、これは昨晩ほんとうにあった出来事なのだ。いつものように片づけをすませ、店の外に一歩出たとたん、それは起こった。どこからともなく何十人、いやおそらく百人以上もの赤や緑の衣装を身につけた小人たちがそれはものすごい勢いで駆け寄ってきて、あれよあれよという間にぼくの全身を熱い蒸しタオルでぐるぐると、有無を言わせず簀(す)巻きにしてしまったのだ。ぼくはただ唖然としてへたへたと道に座り込み、ダラダラと汗を流しているほかなかった……

以上、昨晩の尋常ではない蒸し暑さをメルヘンチックに表現してみました。

それはさておき、NHK-BSでドイツの哲学者マルクス・ガブリエルをとりあげたドキュメンタリーをやっていたがなかなか面白かった。ミナミの路上でサラリーマンに「幸福」について論じたり、新橋の屋台でOLの恋愛相談に答えるマルクス・ガブリエルの姿はさながらロック・アイコンのようだが、本人はそんな扱われ方も案外楽しんでいるようみえる。

世界のありようを、まるでルービックキューブの解き方でも説明するかのように語るマルクス・ガブリエルの姿は、出口が見えない、解決の糸口が見つからない、そんな混迷の時代に生きる者の目には「希望」の体現者のように映る。番組の中で彼は、とても困難にはちがいないが、だが自分は対話を通してヒトラーにユダヤ人の虐殺を思いとどまらせることができるだろうと語っていた。いま、多くの人たちは「希望」に飢えている。マルクス・ガブリエルの平明さと力強さは、そうした人たちにとってきっと「甘いお菓子」のように魅力的であるにちがいない。

番組では、彼の思想と西田哲学の近しさについても触れられていたが、「人間」という概念の考察にあたってナチスドイツの反省をひとつの立脚点とするマルクス・ガブリエルは、西田哲学が結果的に太平洋戦争に加担するような形になったことについてははたして知っているだろうか? もし知っていたとしたら一体どう語るだろうか? 

なにも哲学者のテレビを観たからというわけでもないが、ここのところ人間の生と死について漠然と意識しつつ過ごす日々のなかで、人間の「幸福」とはどのようなものなのかをぼんやり考えている。

人間にとって「幸福」とは、選択肢があり、しかもそれをみずからの意志によって選び取ることのうちにある。

選び取った先にある結果は、この際関係ない。結果は「運」である。「幸福」と「幸運」とは切り離して考えるべきだ。「幸福」を「幸運」の量ではかれば、ぼくらはより幸福から遠ざかる。結果がどうであれ、まず選択肢があり、みずからの意志によってそれを選んだ時点でひとまずぼくらは「幸福」だといえる。

たとえば、国ごとの「幸福度ランキング」のようなものがある。必要最低限の選択肢がつねに用意され、それをみずからの意志によって選び取ることのできる社会に生きているひとで、しかもそこに最低限の「幸福」を見出すひとが暮らす社会は、当然「幸福度」が高くなる。たとえば北欧の国々のように。しかし、「幸運」な結果によって「幸福」の度合いをはかろうとするひとの暮らす社会では、反対に、その「幸福度」は低くなるだろう。日本はいまそれにあたるかもしれない。

ぼくらがまず実現すべきなのは、その意味でつねにだれにとっても等しく選択肢が用意され、選び取ることのできる社会であり、そこに「幸福」の値打ちを置く社会である。結果はさておき、「選び取った」ことにまず幸福を見出すべきだと思うのだ。

16.07.2018
2018.7.17|column

みなさん! どうです? ムカつくような暑さじゃないですか? 腹が立ってならないので、moiを北欧の飛び地にすべく7月の最後の週末あたり(たぶん29日の18時くらい)に店主秘蔵?の北欧映像などを眺めつつ、ただただダラダラとお茶をするだけの「納涼!北欧ゆるフェス!」の開催を企画中です。レア映像の中からみなさんの投票で見たいものをその場で決めます。暑くてムカついてるひと、ぜひご参加を!!!

PS.最近のオススメは『蜜と雪いちご味」です。

17.07.2018
2018.7.18|column

どうやら、この世界には3つのタイプの人間がいるらしい。「ノブナガ型」に「ヒデヨシ型」、そして「イエヤス型」だ。

ホトトギスに引っ掛けて、3人の「武将」のまったく異なる気性をあらわした俳句はよく知られている。

鳴かぬなら 殺してしまえ ホトトギス(織田信長)
鳴かぬなら 鳴かせてみせよう ホトトギス(豊臣秀吉)
鳴かぬなら 鳴くまで待とう ホトトギス(徳川家康)

というあれである。

たとえば、日陰のないところに日陰をつくるという「日傘」の発想は「ヒデヨシ型」である。「イエヤス型」だったらどうするか。待つのだ。ひなたで、とにかく日がかげるまでずっとじっとしているのだ。たぶん、死ぬ。チャンスが到来するその時まで粘り強く待つことで天下を手中に収めたとされる徳川家康だが、だめなんじゃないか? 家康。

プレミアム・フライデーはどうだろう? 個人消費を高めるため、日本政府と経済界が中心となって立ち上げた消費マインドを刺激するための休暇制度である。金曜日を半日お休みにし、土日とつなげて2.5連休にすることで消費に対してより意欲的になってもらおうという発想はまさに「ヒデヨシ型」のそれだが、その結果はというとご存知のとおり。

ここからわかるのは、ひとくちに「ヒデヨシ型」と言ってもさまざまなヒデヨシがいるということだ。プレミアム・フライデーをかんがえたのは「ヒデヨシ型」の人間にちがいないが、それは「世の中がぜんぜん見えてないヒデヨシ」である。会社で、もっとも部下になりたくないのは、こういうタイプの上司だろう。

ヒデヨシもイエヤスもダメということになれば、あとは「ノブナガ」に頼るほかない。ノブナガだったらどう言うだろう。

「殺っちまえ」。

おい、だれか、ほかに武将はいないのか?

──

午前中はあれこれ家の片づけ、午後は病院へ見舞いに。あとは、上に書いたようなことをかんがえていたら休日が終わっていた。

ナツモイ!
2018.7.19|event

「猛暑のトンネル出口見えず」とか「命に関わることもある危険な暑さ」とか、とんでもない見出しと予想気温が連日目に飛び込んできてげんなりです。じっさい、日の高い時間帯にふらふら出歩くのは場合によって危険といえそうです。臨機応変に、すこし日が傾いたころをみはからって買い物に、散歩にと出かけるようなライフスタイルの変更が必要かもしれません。

そこで、2週間限定で平日の営業時間を1時間ずらしてみます。名付けて、

ナツモイ!

期間は、7月25日[水]〜8月6日[月]までの平日です。

通常11時30分〜19時(18時30分L.O.)のところ、12時30分〜20時(19時30分L.O.)と1時間後ろにずれます。

夕方、いつもより少しのんびりと、また会社帰りにちょろっと気分転換に、そんなふうにご利用いただければ幸いです。また、これにともない一部メニューの変更などの可能性もありますのでご注意下さい。

なお、土日祝はこれまでと変更ありませんのでお気をつけ下さい。春はあけぼの、真夏はヨル活でよろしくお願いいたします。

8.07.2018-19.07.2018
2018.7.20|column

◎ 18.07.2018

2002年にオープンして以来、おかげさまで丸16年が経ちました。

◎ 19.07.2018

新しいことや、これまでやってきたことの見直しをとりあえず10個くらい考えてみようと思い立ち、すでに7個くらいまでは思いついて、うち5個くらいはじわじわ動き始めている。

昨日ご案内した平日の「夏時間」の導入もそのひとつ。暑すぎてランチタイムにひとが来ないなら、そこは捨ててむしろ後ろにずらした方がよいのではという判断だ。「こうあるべき」を、脳内でカチッカチッと思い切って外してゆく作業はなかなか気持ちよくもある。うまくいかなければ戻せばいいだけのこと。

それにしても、暑さのせいだけなのかどうかは分からないが、ここのところ本当に暇で泣いている。メンタルがやばい。

そんな中、フィンランド人の女の子が来店。日本語が達者なので留学生かと思いきや、聞けば旅行で来ているとのこと。「サウナみたいな暑さでしょ。しかも、外からカギをかけられて出られなくなっちゃったみたいな感じじゃない?」と言ったら、「サウナいらないかも」とゲラゲラ笑っていた。

帰り、新宿のタワレコに寄り道して「フィロソフィーのダンス」のインストアライブ。今日もフロアに入りきれないくらいの人。楽曲について言えば、これまではどちらかというとマニア受けを狙ったような懐古調のファンクやR&Bをベースにした曲で評価を得ていた部分が強かったと思うのだが、8月末発売の両A面シングル「イッツ・マイ・ターン/ライブ・ライフ」はいままでにない分かりやすい「現在進行形の」カッコよさがあるのでより全方位に向けて届くはず。売れると思う。

あまりに暑いので北欧の景色を観ながらただダラダラとお茶を飲むだけの会
2018.7.21|event

という、やたら長々しいタイトルのイベントをやります。イベントというよりは、なんかもう暑くていろいろイヤになってしまったのでみんなでお茶でもしつつ北欧の清涼感あふれる景色でも眺めない? というお誘いであります。

内容は、ぼくが秘蔵している北欧関係の映像(だいたい10年くらい前の?)の中からみなさんの投票により2本くらい選んで観ます。お飲み物とおやつ代1,000円いただきます。日時は、来週7月29日[日]の18時から19時半です。

もう暑いのは飽きた〜北欧に行きたい〜というひとが10名くらい集まってくれるとうれしいです。もし思ったよりも集まるようなら、次の週にでもあらためてセッティングします(ネタはあるので)。

北欧好きの暑気払いという感じで、ぜひご参加ください!! お申し込みは、お手数ですがメールでお名前、人数、お電話番号をお知らせください。

★ 7月24日記 受付は締め切らせていただきました。

◎ あまりに暑いので北欧の景色を観ながらただダラダラとお茶を飲むだけの会
 日 時:7月29日[日]18時から19時30分
 会 場:吉祥寺 moi(カフェ モイ)
 お茶代:1,000円(お飲み物+おやつ)

20.07.2018
2018.7.21|nature

災害は、悲惨な光景ばかりでなく、ときとして「うつくしい心」をも見せてくれる。そう感じたのは、東日本が大きな地震による津波、それに原発事故に見舞われた際、救援物資の調達のための募金やボランティアの呼びかけに対して積極的に応えてくださるたくさんのお客様の姿に触れたときだった。そこに見たのは、なにか「してあげる」ではなく、ただただいま自分にできることを「しよう」という無数の「無私無欲な心」だった。

いまから7年前の夏、 お客様のSさんが中心となり津波で流されてしまった写真をていねいに洗い、ふたたび持ち主の元に返そうというプロジェクトが吉祥寺で行われていたのだが、そのとき呼びかけに応じてボランティアに参加した多くのメンバーのうちのひとりにH田さんもいた。そのプロジェクトのなかでの彼の活躍はなかなか頼り甲斐のあるものだったようで、いつしかメンバーのあいだでH田さんは「父さん」という愛称で呼ばれるようになっていた、若いのに。

そんなH田さんは、これは書いていいのかわからないのだけれど、この春、縁あって四国のある街に移り住みあたらしい仕事をして生活している。しんどくなったら無理をせずすぐにでも帰ってこいよと言ったのに、意地を張っているのかいまだに帰ってこない。ときどきSNSにあげられる穏やかな風景の写真をみるかぎり、未知の土地でのくらしも思いがけず楽しめているのかもしれない。

数日前、いま愛媛県の水害の被災地でボランティアをしているとSNSを通じてH田さんから便りが届いた。馴れない土地での生活もまだやっと数ヶ月だというのに、こういうときの彼のフットワークの軽さにはほんとうに頭が下がる。しかも、きっと7年前の夏とおなじように、なにか大変なことを自分はやっているのだと主張するようなこともなく、ごはんを食べたり風呂に入ったりするのとおなじように炎天下でがれきの撤去作業を黙々とこなしているにちがいない。

なにか、だれでもが知っているような偉業をなしとげた人はたしかにすばらしい。だが、そうした人たちと変わらないくらいぼくはH田さんのような無私無欲な心をもった人たちのことを、たとえ目立つことはなくても本当にすばらしいと思うし心から讃えたいとも思う。なんなら銅像のひとつも建てたいくらいなのである。まあ、銅像は無理でも、いつかせめてH田さんに似せた紙粘土の人形のひとつも作って彼をねぎらいたいとかんがえている。

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きのう告知させていただいた「あまりに暑すぎるので北欧の映像を眺めつつただただお茶をして涼むだけの会」(←きのうよりタイトルが長くなっている?)、おかげさまで半分ほどお席が埋まりました。引き続き、いっしょに涼んでくださる方を募集中です。この会は、とくに常連さん限定というわけではないですし、北欧にくわしいひと対象というわけでもありません。また、いまのところみなさん1名さまでの参加ですので、なんとなく躊躇しているひとも気兼ねなくお申し込みください(じっさい、ただお茶をするだけの集いです)。では、みなさまよい日曜日を。

21.07.2018
2018.7.22|column

土曜日。わけあってワンオペ。理由というほどの理由はないのだが、「わけあってワンオペ」という語感が変に気に入ってしまったので書いてみた。

そうそう、語感といえば尾崎放哉の句にこんなのがある。有名な句だ。

咳をしても一人

いくら自由律俳句とはいえ、さすがにこれは自由すぎやしないか? 季語もなければ、語数もめちゃくちゃだ。六三なのか、それとも九か。それでも、これが許されてしまうとすればそれはまるで売れっ子のコピーライターがひねり出したかのようなその語感の気持ちよさゆえではないだろうか。

もちろん、ただ語感のよさだけではダメだ。この放哉が詠んだ句には、レモンのような鮮烈さがある。胸にストンと収まる語感のよさにうつつを抜かしていると、不意に中からジュワッとほろ苦い孤独や侘しさが溢れ出してきて驚かされるのだ。

これがもし「咳をしても十一人」だったらどうだろう。十一人と書いて「イレブン」と読ませる。「咳をしてもイレブン」だ。ひとまず語感はすばらしいが、なにを言っているのかさっぱりわからない。風邪気味のサッカーチームなのだろう。まあまあ、楽しげではある。

サッカーといえば、ついにW杯は1試合も観ないうちに終わってしまった。べつに観たくないわけではないが、観なければ観ないで済んでしまう。なんというか、いまの自分にとってサッカーはソバの薬味のような立ち位置なのかもしれないな。

そしておそらく、ぼくと同じくW杯を観なかった大平さんが夕方来てくれた。確認したわけじゃないが、ぜったい観てないよ大平さんは。で、そのW杯を観なかったであろう大平さんは、余白のうつくしい詩のような絵を描くひとである。

大平さんと、最近観た長谷川利行の展覧会の話、それに『ストーナー』という小説の話などする。そういえば、大平さんの知り合いがやっているとてもすばらしいリトルマガジンがある。たぶん知っているひとは知っているだろう。『ぽかん』という。いい語感だなあ。

22.07.2018-23.07.2018
2018.7.24|column

日曜日。女子4人でお化け屋敷に行った話を聞いていた。

出かけた先にたまたまお化け屋敷をみつけ、ノリで入ってみようということになったのだが1人だけ怖がって「うん」と言わない。しかたがないのでひとまずカフェに入り、お茶をしながら3人がかりで説得したという。3対1である。こうなっては勝ち目はない。必要のない豪華な鍋セットだろうが、幸運を呼ぶ壺だろうが、言われるままに買ってしまうシチュエーションだ。けっきょく説得に応じ、晴れて4人でお化け屋敷に入ったのだった。

お化け屋敷では、キャーキャー悲鳴をあげたり、なぜかノリノリで先頭に立っていたはずの友人が恐怖のあまり派手にすっ転んでしまったり、またそれを指さしてみんなでゲラゲラ笑ったりと想像以上に楽しかったらしい。そしてこの話を聞いていたぼくも、同じように楽しくなってしまった。他愛がないと言ってしまえばそれまでだが、ふつう無駄と思われることを一生懸命やるのは、ある意味最高の贅沢といえる。ずっと時間がたってから、ふと思い出して笑顔にしてくれるのは案外こういう時間の過ごし方だったりするものだ。すごくいい夏の休日を彼女らは過ごした。

そういえば、まだ告知していなかったことを不意に思い出した。旭屋出版の雑誌「CAFERES」(旧『カフェ&レストラン』)8月号に先日受けたインタビュー記事が掲載されています。書店等でみかけたらチェックお願いいたします。

月曜日。シナモンロールをつくるため、ひとりカルダモンの殻をひたすら剥いていた。こういう単調な作業はどうも苦手である。きっとみんなそうなのだろうと思っていたのだが、かならずしもそうじゃないと知ったのは、そのぼくが苦手な作業を「ここの仕事のなかで一、二を争う好きな仕事」だと言うスタッフが以前いたからだ。なんでも、「無心になれる」「(剥いているときの香りに)鎮静効果がある」そうである。「呼んでくれれば剥きにきますよ」。大学を卒業し、ここをやめるときにそう言ってくれていたのも案外本気だったかもしれない。遠慮せずに声をかけておけばよかったな。

意外だったのは、今回SNSでつぶやいたところ、面倒くさいという意見にまじってちらほら「剥きたい!」とみずから志願する声が聞こえてきたことだった。そうか、この世界にはきっと2種類の人間がいるのだ。カルダモンの殻を剥きたいひとと剥きたくないひとだ。さて、アナタはどっち?

ここで重要なお知らせです。今週の水曜日より2週間限定で、平日の営業時間が「夏時間」に変わります。後ろに1時間ずれて12時30分から20時(19時30分L.O)までです(週末はこれまで通り)。夕方になると風も出て多少しのぎやすくなる昨今、ぜひお仕事帰りにもお立ち寄りいただければと思います。ご来店お待ちしております。

24.07.2018
2018.7.26|column

定休日。雑用ばかりで、ここに報告したくなるような楽しい話題は特になし。しかたないので、この半年くらいのあいだに手に入れたもので特に「買ってよかったモノ」を3つ紹介してお茶を濁す。

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◎ 森永乳業「蜜と雪」

じつは、最近プライベートではほとんど買い物らしい買い物はしていないのだが、よくよく考えたらほぼ毎日といっていい頻度で買っているものがあった。「アイスクリーム」である。なかでも森永乳業の「蜜と雪」は、個人的にこの夏最大のヒットといっていい。

その名の通り、濃厚な蜜の下にパウダースノーのようなキメ細かくクリーミーな氷がキュッと詰まっている。この夏のような常軌を逸した暑さには、こってりしたアイスクリームよりこうしたさっぱりした軽い氷菓の方こそ恋しくなる。ウェブサイトによると、いちご、抹茶、それにレアチーズと3種類あるようだが、まだレアチーズは見たことがない。1カップあたりのカロリーが162kcal、脂質1.9g(いちご)というのも「常習者」にはうれしい。

◎ CRESCENDイヤープロテクター「MUSIC」

突発性難聴を患ってから十年あまり経つ。言いかえれば、壊れたヘッドフォンを24時間つけたまま十年あまり暮らしてきたようなものである。まあ、それはいいというか、しかたないとして、めったにライブに行けなくなってしまったのは残念に思ってきた。大きな音、とりわけパーカッションやPAで増幅されたベース音などが体調のよくないときにはつらく、自然とライブの現場から足が遠のいてしまったのだ。

ところが、最近ライブ用の耳栓なるものがあると知りためしてみたところ、想像以上の効果があり、またすこしずつ生の音楽も楽しむことができるようになった。ちなみに、ぼくが使っているのはCRESCENDというメーカーの「MUSIC」というイヤープロテクターなのだが、装着してみての印象は、「あまり変わらない?」「これホントに効果あんの?」と疑いたくなるくらい。だが、音の「衝撃」がうまいぐあいに吸収されるらしく終わった後のイヤな耳鳴りや詰まった感じがほぼないのでびっくりした。ぼくのように耳の悪いひとはもちろんだが、ライブ現場に頻繁に足を運ぶひともじぶんの耳を保護するという意味で積極的に使ったほうがいいと思う。生の音楽が聴きたいのに聴けないというのはけっこうキツイぞ。

◎ finalカナル型イヤホンE2000

もうひとつ、耳にかかわるものを。イヤホンは消耗品、ぼくはそう考えている。なので、基本3千円台で購入できるものしか選ばないのだが、それでもどうせ買うなら音楽を聴く楽しみが広がるような、なにか一癖あるおもしろいイヤホンを選びたい。そういうぼくは、もう何年もfinal(旧「final audio」)のイヤホンを愛用しつづけている。

このカナル型イヤホン「E2000」は、マニア向けの高級なイヤホン(イヤホンで20万円とか!)を製造しているfinalのもっとも安価な商品でありながら、ちゃんと「攻め」の態度を失っていないところがすごい。やたらいろいろなところから音が聴こえてくる、ふだん聴こえないような楽器の音が聴こえてくる、小編成のクラシックやジャズからEDMまで幅広い対応力……。以前愛用していた「pianoforte」というモデル(製造中止)は、アコースティックはすばらしいがEDMはモコモコしてしまうという愛すべき個性派だったのだが、その意味では、このE2000はより優等生的といえそう。とにかく安いけれど、個性的なイヤホンを探しているひとには全力でおすすめできる。ただ、密閉性は弱めなので静かな環境で聴いたほうがより楽しめるはず。これはなかなかいい買い物。

25.07.2018-26.07.2018
2018.7.27|column

◎ 25.07.2018

きょうから2週間、平日のみ20時までの「夏時間」での営業。さっそく足を運んでくださったみなさま、どうもありがとうございました!

エアコンが普及することでぼくらが失ったのは、あるいは「夏の宵」を楽しむ「粋さ」であるかもしれない。よく戦前の小説とか随筆を読んでいると、夕涼みを楽しむ人たちの姿と出くわす。彼らは日が暮れてから、場合によっては夕食をすませてから、ひとりで、または家族や友人と連れ立って散歩や買い物に繰り出す。場所は、川や池のほとりといった近所の水辺であったり、古本屋や喫茶店であったり、またただあてどなく夜の街を徘徊するだけであったりするのだが、なにか用事や買い物のためというよりも、それはまるで「夜風にあたる」ことこそが目的であるかのようにみえる。

かつて銀座通りの東側、つまりいま「銀座シックス」があるほうにびっしり建ち並んでいたという「夜店」にしても、こうしたライフスタイルの中から生まれてきたものにちがいない。いずれにせよ、夕涼みがてらの夜歩きは、まだエアコンがなかった時代のくらしの知恵であると同時に、ただ職場と自宅とを往復するだけの都市生活者に「サードプレイス」をもたらすことで日々の生活にリズムと色彩とをあたえることにもつながったのだった。

会社を出るとき、まだほんのり明るかったりするこの季節、まっすぐ家に帰る前にワンクッション、カフェでお茶でも飲んで粋な夏の宵を過ごしてみてはいかがでしょう。

◎ 26.07.2018

朝、ゴミ出しに間に合うか心配でわざわざ一本早いバスに乗ったのに、事故で西武線が止まったあおりを受けて大混雑からの大遅延。道もずっと渋滞気味で、けっきょく店にたどりつくのに1時間半かかった。かろうじてゴミの回収には間に合ったものの、朝からぐったり。それにしても、ドキドキハラハラの原因が「ゴミ出し」というあたり、なんて俺の身の丈にあったスリルなのだろうと笑ってしまう。そういうアキ・カウリスマキ的な世界に生きている。

さて、きょうは「夏時間」2日目。どんな出会いがあるかと思いきや…… 19時以降だれも、こない。早くも企画だおれの予感。凹む。

けっきょくラストオーダーの時間になってもだれも来ないので、店を閉め、買い出しにでかける。コピスのカルディに行こうと思ったら、ちょうど上のHMVで脇田もなりさんがインストアライブをやっていた。前作あたりから制作に冗談伯爵(前園直樹+新井俊也)や元コーザ・ノストラの佐々木潤らが関わっていて気になってはいたのだが、生で観るのははじめて。声に伸びがあって気持ち良い。最後に歌ったミドルテンポの曲が特によかった。調べたら「青の夢」という、最新アルバムの最後に収録されている曲とのこと。

さて、29日に開催の「あまりに暑いので北欧の映像を観ながらただお茶をするだけの会」(←微妙にタイトルがちがう気がするが)は、おかげさまをもちまして定員に達しましたため受付を締め切らせて頂きました。ありがとうございました。参加メンバーからして楽しい時間になりそうです。ご参加いただくみなさま、よろしくお願い致します!

27.07.2018
2018.7.29|food & drink

キャロットケーキを2台、イベントのために焼く。むかし、ストックホルムのソーデルマルム地区にあるこじんまりとしたカフェで食べた味を、お菓子作りの得意なスタッフにお願いし試行錯誤の末、再現してもらったレシピである。

スパイスがガツンとくる、ひとことで言えば「やんちゃ」な味。ニンジンをたっぷり使い、くるみやレーズンは一切使わないという野生的なレシピながら、ニンジンの臭みや食べにくさはふしぎと感じられない。じっさい、この味を気に入ってくださるお客様も少なからずいて、ここ数年はいろいろあってメニューから消えていたのだが、それでもいまだにそのキャロットケーキめあてにご来店くださる方もちらほらいらっしゃるほどなのである。

それがどういうわけか、その「やんちゃ」な味をぼくが受け継ぐことになった。まあ、元々の言い出しっぺはぼくなのだから当然といえば当然ではあるのだが。受け継ぐにあたり見た目はすこし変えてみたが、味はほぼそのまま変えていない。作っていると、以前よく召し上がってくださったあの顔やこの顔が思い浮かぶ。

28.07.2018-29.07.2018
2018.7.30|column

◎ 28.07.2018

土曜日。東から西へ進む「変な」台風12号が到来。予想よりも進路が西にずれたおかげでそこまでの影響はなかったものの、夕方前から周期的に滝のような雨に見舞われる。さすがに人通りもなくなってきたので、閉店時間を繰り上げて17時30分で閉めさせていただく。帰り道、平日よりもはるかに人影のまばらな吉祥寺の街が新鮮。

そんななか、荻窪時代によく来てくださっていたお客様が激しい雨のなかひょっこり現れたのでびっくりした。どうしても買いたい生地があって来たという。いまや3児の母として多忙な日々を送っている彼女だが、そういえば結婚される前はよくパーツ屋さんで仕入れた材料を器用に使いすてきなアクセサリーを自作していたっけ。

なんか気がついたら誰もいなくなってた! とケラケラ笑う彼女に、わざわざこんな嵐の日に来なくてもと思ったが、そうか、きょうのこの時間は、家事や子育てに追われる彼女にとってはきっと貴重なみじかい「自由時間」だったのだろう。そりゃ、大雨くらいじゃあきらめられないよね。それにしたって、よりによってそんなタイミングを狙ってやってくるとはなんて間の悪い台風か。「台風のアホ! すこしは空気読めや!」かわりに、黒々とした雲に悪態をついておいた。

ところで、今回の台風についてテレビやラジオの天気予報ではさかんに「これまでの経験が通用しない」という言い方をしていたのだが、一生懸命なわりにいまひとつ伝わらない表現だなあと思いつつ聞いていた。

というのも、たしかに猛烈な高気圧にブロックされてふつうとは逆に進路をとる台風というのは異常だし、それによってふだんとはちがう風の吹き方など「これまで経験したことのない」現象が起こりうるというのもよくわかるのだが、それはあくまでも「いつもの」台風についてデータを蓄え、分析している専門家の目線での話ではないか。一般人にとって台風といえば、強い風と強い雨、それによって引き起こされる水害や土砂災害であり、右から来ようが左から来ようが正直あまり関係ない。まあ、もしも雨のかわりにスープカレーが降ってくるとか、あるいは台風が下からやって来るとかすればさすがにみんな「ワォ!初体験!」となるかもしれないが。

◎ 29.07.2018

日曜日。数日前はしのぎやすかったのに、台風がものすごい湿気を運んできたせいで東京全体が「シャワーを浴びた直後の換気の悪い浴室」みたいな状態になっている。勘違いして、おもむろに服を脱ぎだすヤツが発生しないとよいが。

かねてよりお願いしてあったグスタフ・ラムステッドの日本滞在記をみほこさんからお借りする。ラムステッドは、初代の駐日公使として大正9年から昭和4年まで日本に暮らしたフィンランド人。戦前の浅草にいたフィンランド人の踊り子姉妹のことをなんとなく調べているのだが、彼女らが日本でラムステッドと面会したという典拠のわからない話があり、そのウラを取るため読みたかったのである。みほこさんからは、くわえてラクリッツ(=リコリス)も大量にいただいたのだが、うっかり夜のイベントで出し忘れてしまった。これを消費するためだけのために、なにかあたらしいイベントを企画しないと!?

パンイチ! に出店していた「ふたつの木」の愛さんからクリームパンの差し入れをいただく。それが、なんとハリネズミのかたちをしているのだ。ハリネズミ型のチョコレートは見たことあるがパンは初めて、かな。かわいい。ぼくはお尻から、スタッフは頭から食べた。どちらがどうとはあえて言わないが。それにしても、愛さんがつくるお料理やお菓子はいつもながらやさしい味をしている。しみじみ美味しい。

17時30分で店を閉め、夜はイベント。先日の猛暑つづきのときになかばやけっぱちで企画した納涼イベントだが、とくにこれといった趣向があるわけでもないのに予想以上のお客様の参加をえてうれしいかぎり。趣味をおなじくする人たちと好きなものを共有するとき、みな気づけば笑顔になっている。「個人店」というのもまさにそれで、万人向けよりはおなじ趣味を有する人たちが集まることでつくられるスペシャルな空間であり、その意味で毎日がイベントみたいなものなんだよなと思う。というわけで、毎回記載するたびに微妙に変化するこの日のイベントのタイトルは、最終的に以下のとおり確定したいと思う。「この夏北欧に行けない人たちが、お茶を飲んだり北欧の映像を観たりしてダラダラ過ごし、最後笑顔になって帰る会」。また、参加したいという声もいくつかいただいているので、8月のうちにあと一度くらい開催したい。

イベント終了後、片付けをしてなにげなく時計を見たらちょうどフジロックの中継でダーティー・プロジェクターズのライブがはじまるところだった。これがもうカッコよくて、彼らのアルバム全体に通底する美意識はそのままに、ライブならではのややラフな感じが加わってまるで生きもののように動き回る躍動感がある。

この感動を共有したいと思ってむかし彼らのアルバムを聴かせてくれたスタッフにメールをしたところ、「外出していて観ていない」との返信があり、テンションが熱帯低気圧なみに急降下する。

Dirty Projectors - Break-Thru(Official Video)

30.07.2018-31.07.2018
2018.7.31|column

◎ 30.07.2018

月曜日ってふしぎで、まあまあ忙しいかものすごく暇かのどちらかにはっきり分かれる。きょうは後者。ときどき、店にいるのか自分の家の居間にいるのかわからなくなるくらい。居間の気分でくつろいでいるところに、突然知らないひとが入ってくるものだから驚いたよ、まったく。

そしてこういう日は、やたら人恋しい気分になっているものだから、知った顔をみつけるとついつい話し込んでしまい後から申し訳なかったと反省する。ここのところひさしぶりに、2、3年ぶりくらいに来てくださるお客様が何人か。けっこう驚かれるけれど、すこしムダ話の相手になっていただいたひとのことはたいがい憶えているものだ。しばらく間が開くと「きっと忘れられてるよなあ」とか思うかもしれないが、じつはけっこう憶えている。

夕方も、Aさんに散々話し相手になってもらったうえにお茶代までいただいてしまいホントすみません。

◎ 31.07.2018

定休日。7月の休日はほとんど自分の時間がなかったので、すこし涼しくなった頃合いをみはからってどこかに行く気になっていたのだが、結果から先に言えば無理だった。今年はあまりに暑すぎるし、夏休みもないのでなんとかペースダウンして乗り切るつもりが、なぜか「夏時間」とか始めてしまっていつもより営業時間が伸びているし……。とにかく、きょうは気力も体力もほぼゼロで寝たり起きたりしているうちに休日が終わっていた。

それはそうと、たぶんみんながまだ観ていなくて、しかもぜひ観てもらいたい、個人的に超おすすめの北欧映像をひとつ思いついてしまった。みんなで観て、感想とか訊いてみたいなあ。もし、今週の日曜日とか8人くらい集まれそうだったら第2弾ということでイベントにしてしまうのだけど。参加したいという方がいらっしゃったら、メールでも、SNS経由でも、直接でもかまわないのでお声かけくださいませ。

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