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2012.1

立川談春『赤めだか』
2012.2.1|review

いまをときめく人気落語家がその地獄の修業時代をつづった半生記は、カラッとした文体もあいまってそんじょそこらの青春小説も吹っ飛ぶおもしろさ。

「本当は競艇選手になりたかった」少年は、課外授業の寄席に登場した立川談志の「芸」(というかその「存在」?)に打ちのめされ、高校を中退し半ば勘当状態のまま立川流に入門する。そんな彼を待ち受けていたのは、「個としての自由も権利も認められない」、つまり「人間」として扱われない「前座」としての地獄の修業……。もちろん、その「地獄」の実体はといえばほぼ100%師匠(イエモト)である立川談志という破天荒な人物にあるのだが。

ちなみにタイトルの「赤めだか」とは、談志が可愛がっていた金魚のこと。いくらエサを与えてもいっこうに成長しないその金魚をみて、弟子たちが密かに名付けたのがこの「赤めだか」という呼び名である。当時、落語協会を飛び出した草創期の「立川流」の内情はというと、まさにカオスそのもの。そんなカオス状態の中、未来への展望もなく溺れそうになりながら必死にあがいている自分たちの姿を、水がめの中で大きくなれずにいる「赤めだか」の姿に重ね合わせたのだろう。

とかくハチャメチャと思われがちな師匠「立川談志」という人間を、「いや、そんなことはないのですよ、実は……」というのではなくハチャメチャなままに談春は描く。じっさい談春にとっての師匠(イエモト)とは、離れて忘れたほうが身のためと知りながら忘れきれない、思いきれない魅力をもつ「悪女」のような存在だと言う。そしてここに、師匠と弟子とが「愛憎」によってきつく結ばれた「立川流」の特殊性があるのかもしれない。

一見したところ優等生的な印象のある談春が、まさかこんな無頼派とは…… その「意外性」もこのエッセイをいっそう楽しくしている。

浜美雪『師匠噺』
2012.2.1|review

志の輔、鶴瓶、市馬、喬太郎、鯉昇といった落語家たちが、「師匠」と「弟子」という摩訶不思議な関係について語った本。

不条理で抱腹絶倒、そしてときにほろっとさせる師弟愛の世界は、まさにそのまま「落語」の世界でもある。

ルーネベリのタルト
2012.2.5|event

2月4日[土]&2月5日[日]の二日間、吉祥寺のmoi [カフェ モイ]では「ルーネベリのタルト」が食べられます(各日とも10個限定)

今週の日曜日、2月5日はヨハン=ルードヴィグ・ルーネベリおじさんの誕生日です。ルーネベリおじさんの誕生日には、

ルーネベリのタルト(Runebergin Torttu)

を食べるのがきまりです。ルーネベリのタルトというのは、こういう感じのおやつです。

で、ルーネベリおじさんって誰? という話ですが、フィンランド国歌(「わが祖国」)の原詞を書いた国民的詩人です。えらい人です。そこでフィンランドでは、このルーネベリおじさんの好物だったと云われるお菓子を毎年2月5日、彼の誕生日に食べるならわしとなりました。

このルーネベリタルト(ぼくも大好物!!)、見たところは小振りなおやつですが実はとっても凝っています。アーモンドの香りが漂う生地には砕いたジンジャークッキーを入れ、シロップをしみ込ませてしっとりと焼き上げます。そしててっぺんには甘酸っぱいラズベリージャムが乗り、その周囲をぐるっとアイシングで目玉のように飾ります。マリメッコのテキスタイルに、このお菓子のデザインをあしらったものがあることをご存知の方もいらっしゃるでしょう。

ともかくこのお菓子、とても手間ひまかかってます。手間ひまかかるというのは原価がかかるということで、お店としては「ぶっちゃけ儲からない」ということでもあります(汗)。なのでメニューとして出すかどうか悩ましいところではありましたが、お菓子担当のスタッフと相談の上、ルーネベリおじさんに敬意を表して、二日間だけ数量限定でお召し上がりいただくこととなりました。両日とも10個限定ですので、どうぞお早めにご来店下さいね。フィンランドの方角を向いて黙々と食べると今年一年よい年になるかもしれません、よ!? ご来店お待ちしております。

◎ ルーネベリのタルト 450円

・2/4[土]、2/5[日]各10個限定
・ドリンクとのセット割引対象外となります。ご了承下さい。

堀井憲一郎『落語の国からのぞいてみれば』
2012.2.10|review

ある日突然「落語の国」に迷い込んでしまったビギナーにとって、この一冊はなかなか便利な「道しるべ」となっている。

ここでは落語の歴史やあらすじ、おすすめの噺家などが紹介されるかわりに、落語に登場する人たちー 熊さんや八っつぁん、長屋のご隠居や与太郎といった魅力的な人物たち ーのことばや動きの背景をなす「感覚」について、「時間」「金銭」「結婚」「恋愛」「酒」「死」といったキーワードを通して語られる。

たとえば「時そば」という有名な噺(はなし)の下げ(オチ)は、「九ツ」と「四ツ」という江戸時代の時間の数え方を知っているか知っていないかでその面白さがずいぶんとちがってくるように思えるし、現代よりもずっと「一年」という区切りの単位が重かった時代の噺(はなし)だからこそ、「芝浜」のおかみさんは「大晦日」に真実を告げるのだと合点がゆく。「夢」が「現実」に変わるとしたら、そのタイミングはまさに一年の変わり目にしかありえないからである(以上は、読みながら勝手に感じたぼくの解釈)。ほかには、じっさいに著者が「東海道」を日本橋から京都まで歩いたときの体験から語られる江戸の人々の「歩き」にかんする考察も、ふだんそんなこと考えたこともなかっただけにおもしろく読んだ。

ぼく自身は知らなかったのだが、著者は週刊誌などで活躍する人気コラムニストとのこと。読むひとのなかにはその軽い口調が気に障るひともいるかもしれないが、落語や町人が活躍する時代劇などに関心のあるひとにとっては、おそらくきっと興味深く読めるのではないかな?

江國滋『落語無学』
2012.2.19|review

さいしょ「江國滋」という名前からなにやら堅苦しい評論めいたものをイメージして身構えたのだが、いざ読み始めてみればなんてことはない、とても軽やかな落語コラム集。

なるほど江國滋というひとは「落語」についても書くのかぁと思ったら、もともとフリーとして出発したときの肩書きは「演芸評論家」だったのですね…… 無知でスイマセン。そしてこれは、さまざまなところに発表したコラムをまとめて単行本化した『落語三部作』のなかの一冊とのこと。

批評をしようというのではなく、ひとりの落語愛好家として「落語の世界」に「生きる悦び」を思いのままに語るその言葉は、やはりおなじように「落語の世界」に魅了されるものの心にまっすぐ届く。音楽でいえば「嬉遊曲(ディヴェルティメント)」のような肩のこらない愉しさが、この本にはある。

「間(ま)の芸」を特徴とする江戸落語に対し、上方落語の最大の特徴にして魅力を「饒舌の芸」とする「上方落語の魅力と特質」と題された短い論考でも、著者は、その特質を知ることで「上方落語」というまた魅惑的な風景と出会えることを約束してくれる。否定したり、貶したりくさしたり、そういった言説の一切登場しない読んでいてとても気持ちのいい一冊だった。

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