夏の記憶を追いかけて

『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』書評|記憶のバトン

──フィンランドの夏の暮らしを想像するときにいつも思い浮かべるのは、岸辺にかかる桟橋と質素な夏小屋のある風景。それはムーミンの作者とそのパートナーであるグラフィックアーティストが、 毎年夏になるとクルーヴハル(Klovharun)と呼ばれる無人島で過ごした、というエピソードが記憶にのこっているからかもしれません。

今回ご紹介する『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』(東海教育研究所)は、ライター/編集者として活躍されている内山さつきさんが、そのクルーヴハルに一週間滞在するという貴重な体験をまとめられたエッセイ・回顧録です。この体験は、kukkameri として活動するきっかけにもなったそうです(kukkameri Magazine)。

夏の記憶を追いかけて

内山さんとはじめてお会いしたのは、たしか5年ほど前だと記憶しています。それ以来、雑誌、書籍、展覧会、ウェブサイトなど、さまざまなお仕事を拝見してきました。ご本人の印象そのままに丁寧でやわらかく、かつ真摯な文章をいつもたのしみにしていました。先日とあるイベントで同席させてもらったときには、展示協力や図録制作で関わられた【トーベとムーミン展】をご紹介くださいました。

そんな内山さんが書くクルーヴハルでの記憶はうつくしく(ご本人による写真の数々も)、なにもかもが必然であるかのようにおもわせてくれます。かつてその島で暮らしたふたりの記憶を追いかけながら、あらたな出会いや発見を重ねていく内山さん。今度はそうした内山さんの記憶が、本書を読むひとにとっての道しるべとなります。まるで記憶のバトンを受けとるように、『彫刻家の娘』や『島暮らしの記録』を読んだときの自分の記憶も呼びおこされるようでした。

夏の記憶を追いかけて

そして後半には、ふたりと交流のあった方々へのインタビューがおさめられています。そこで語られるそれぞれの夏の思い出は、まぶしくて、どこかせつなく感じられます。記憶というものが時とともにその姿をかえていくことを、いつか失われていくことを、いとおしくおもいました。ほんのすこしのあいだ、その流れをとどめるために、ひとは語り、記録するのかもしれません。

また本書を読みすすめるうち、自分のなかにあった想像のクルーヴハルに、あざやかな色がつけられていくようにも感じました。この世界のすべてを経験することはできません。それでもだれかの記憶をとおして、見たことのない景色や瞬間を感じることができるのではないでしょうか。ひとの記憶はきっと未来へのおくりものです。ページをひらけば、いつだって、たいせつにしていた記憶の糸がひもとかれる。『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』は、そんな一冊だとおもいます。

夏の記憶を追いかけて

text + photo : harada

夏の記憶を追いかけて

『トーベ・ヤンソンの夏の記憶を追いかけて』
 2025年9月2日 第1刷発行
 著者:内山さつき
 発行:東海教育研究所
 四六版・272頁(カラー72頁)
 定価:2,420円(税込)
 ISBN: 978-4-924523-53-1

 くわしい書籍情報はこちら