毎年5月1日に行われるヴァップ。夏至祭やクリスマスと並んで、フィンランドでは一年のうち最もにぎわいをみせる祝祭です。
もちろん私たちが普段メーデーと聞いて思い浮かべる「国際労働デー」としての一面もあり、1979年以来『フィンランド労働者の日』として公式の旗日となっています。
冬のあいだ暗く寒い日々が続くフィンランドでは、明るくあたたかな春の訪れを、誰もが待ち望んでいるのではないでしょうか。
そんな春の到来を祝うヴァップの起源は、キリスト教以前の異教の時代までさかのぼります。
ヨーロッパ伝統のお祭り
五月に入るこの季節は、ちょうど春分と夏至の中間にあたり、ヨーロッパでは夏の始まりを祝って、かがり火を焚く伝統がありました。
アイルランドやスコットランドでは、ベルテイン祭(Beltane)という夏の訪れを告げるケルトの祭りがあります。家畜の無病息災や繁栄を願い、かがり火を焚きます。
この祭りは、ケルトの暦では一年の始まりとされる11月1日のサウィン祭(Samhain)と共に、ケルトの人たちにとって重要な祭りです。
またドイツには、Walpurgisnacht(ヴァルプルギスの夜、Hexennacht:魔女の夜とも呼ばれる)があります。五月祭の前夜4月30日に魔女たちがブロッケン山に集い、神々と酒宴を催し、春の到来を待つという古い習わしが伝えられています。
このヴァルプルギスというのは、西暦870年5月1日に列聖されたといわれている八世紀のドイツの聖人(イギリス生まれ)です。フィンランド語のヴァップは、彼女の名前を由来としています。
ちなみにトーマスマンの『魔の山』やトマスピンチョンの『重力の虹』、ディズニーの『ファンタジア』もヴァルプルギスの夜にインスパイアされて創られた作品だそうです。
フィン人の信仰
ここからはフィンランドにおける伝統を見ていきましょう。
キリスト教以前のフィンランドの民族宗教に、多神教のSuomenusko(フィン人の信仰)というものがあります。口承文化であったため、現存する伝統はそれほど多くありません。
自然崇拝や平等主義といった特徴を持っているSuomenuskoの主神は、天空を司るウッコ。そしてその妻のアッカ、海の神アハティや森の神タピオ、そのほかレンミンカイネンやワイナミョイネンなど、カレワラにも登場する彼らが崇拝の対象となっています。
また祝祭としては、春の訪れを祝う「ヘラ」、夏至祭の「ユハンヌス」、収穫と祖先を祝う「ケクリ」、冬至祭の「ヨウル」など、各季節で伝統的な祭りが行われていました。
そのうち春の祭り「ヘラ」では、悪霊を追い払うために、かがり火を焚き、シマ(Sima)を飲みながら踊ったそうです。現在このかがり火は夏至祭へと引き継がれているとのことです。
学生たちのお祭り
これらがフィンランドのヴァップの起源だと考えられますが、学生たちのお祭りとしてのヴァップは、スウェーデンから伝わりました。
十八世紀にはトゥルクアカデミーの学生たちが、春の到来を歌で祝ったことが知られています。しかし1820年代に入ると春の祭りは皇帝によって禁止されました。なぜ禁止されたかについては残念ながら資料が見つかりませんでした。統治や宗教に関する点から問題視されたのかもしれません。
1828年のトゥルク大火のあとヘルシンキに大学が移転すると、毎年学生たちが現在のカイサニエミ公園に集まるようになりました。その公園内にレストランを開いていたカタリーナ・ヴァールンド(CatharinaWahllund, 1771-1843)の誕生日(5月1日)を祝うためです。彼女は当時の学生たちにとても慕われていました。
現在でもスウェーデン語系の学生たちはヴァップをお祝いする際、カイサニエミ公園に集まるそうです。ままた近年、彼女の歴史的なレストランが再オープンしました。
▶︎ https://yle.fi/uutiset/3-11920242
ハヴィス アマンダ像とピクニック
その後、白い学生帽をかぶった学生たちが、4月30日の真夜中にヴァップのお祝いとしてパーティを開くようになりました。この習慣がフィンランド全土に広まり、学生の多い町や都市ではカーニバルのようなパーティが行われるようになったのです。
現在では学生帽のほか、そろいのツナギを着る学生たちもいます。
フィンランドをはじめ北欧の祝祭は、なぜか当日よりも前日(aatto)が盛り上がる傾向にあるようです。Juhannusaatto(夏至祭前日)、Jouluaatto(クリスマスイブ)、ヴァップの前日はVappuaatto。
ヘルシンキのお祭りではまず、4月30日の午後6時にマーケット広場に学生が集まり、ハヴィスアマンダ像を洗い、その頭に白い学生帽をかぶせることから始まります。そのため大きなクレーン車も調達されるようになりました。
これはヘルシンキの学生連合によるMantanlakitusという催しです。過去には無許可で行われていましたが、1951年から正式に認可され、1978年になると真夜中に行われていたイベントが夕方に開催されるようになりました。
2020年には彫像の周りをフェンスで囲い、ヴァーチャルヴァップという試みがなされました。大学生が帽子を被せる場面もストリーミングで配信したそうです。
▶︎ Your Guide To Virtual Vappu 2021
今年2022年は、大々的に行われていました。以下のリンクからご覧になれます。
▶︎ Mantan Lakitus Helsingin Kauppatorilla
そして、5月1日の当日には、学生や卒業生らがヘルシンキ市内を行進し、最後に市内の公園で大規模な野外ピクニックを行います。一番人気は、海辺のカイヴォプイスト公園だとか。
またヴァップの時期には、学生たちによる雑誌(Äpy, Julkku, Tamppi, Ööpinen, Hässiなど)が多く発行されます。
ヴァップのたのしみ
ヴァップの伝統的な飲み物といえば、みなさんご存知のシマ。砂糖(ハチミツ)、レモン、レーズン、イーストなどで作るアルコール度数の低いフィンランド版ミード(蜂蜜酒)です。十数種のシマが市販されますが、自宅で簡単に作ることができるので、家族みんなで楽しむことができます。
またスパークリングワインやシャンパンも飲まれます。ちなみにヴァップのアルコールの消費量は、通常の日の3倍にもなるとか。
お菓子の定番は、ティッパレイパ(Tippaleipä)。こちらも4月中旬からお店に並びますが、やはり家庭でつくる揚げたてが好まれるそうです。
そのほかムンッキ(Munkki)やソーセージ、ニシンの酢漬けにポテトサラダなどがテーブルに並びます。
ここで再び、みほこさんに教えていただいたシマのレシピを再掲します。ぜひ作ってみてくださいね。
SIMAの作り方
水 5リットル
砂糖 500グラム(色をつけたい場合はブラウンシュガーや三温糖)
レモン 2個
イースト 小さじ1杯
レーズン 適量
お好みでミントなども
① まずレモンの皮をむき輪切りにします。皮の白い部分は取り除いてください。
② 半分くらいの水を沸騰させ、砂糖を溶かし、レモンと皮を入れます。
③ 残りの水を足し、数時間置きます。冷めたところでイーストとレーズンを入れます。
④ レーズンが浮いてきたら、出来上がりです。
またヴァップには、カラフルな風船やリボンテープも欠かせないそうです。街の広場や公園には子どもたちのお面やパーティグッズなどの屋台が並びます。
いくつかのオーケストラがコンサートを開催したり、Vappunkukkiaという小さな花のブローチを販売して、児童保護活動の支援もされています。
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春の訪れを祝うヴァップについてお届けしましたが、いかがでしたでしょうか。
このように季節自体を祝う大きなお祭りというのも日本にはあまりないように思います。より厳しい自然の中で暮らすフィンランドの人たちにとっては、解放感を感じられる重要なお祭りなのかもしれません。
実際にヴァップを体験したことがあるという方がいましたら、ぜひエピソードなど教えてください。
今回いろいろと調べてみて、いつかフィンランドで体験してみたいことのひとつとなりました。最後までお読みいただきましてありがとうございました!
text : harada
参考 : thisisFINLAND, Office Holidays, Wikipedia
また今回の記事の執筆にあたりmihokoさんよりアドバイスをいただきました。ご協力ありがとうございました。