椅子から眺める「サーリネンとフィンランドの美しい建築」展

深堀りフィンランド 夏休み番外編 第1弾

nuotio|takibiサークルのみなさん、こんにちは。先週土曜日に開催初日を迎えた「サーリネンとフィンランドの美しい建築」展(at パナソニック汐留美術館)へさっそく行ってきました。展覧会の見どころなどにつきましては、このあと公開される岩間さんの記事をご参考になさってください。こちらでは個人的に注目した「椅子」をキーワードにお伝えしていきたいと思います。

(*こちらは、nuotio|takibi サークルで公開していた記事です)


Iris Chair|イーリスチェア

フィンランドの湖をイメージして設営されたという会場に入り、まず最初に目にするのが、イーリスチェア(1899年)。木製フレームのアーム部分が絶妙なカーブを描いていて、とても凝った作りをしています。青みがかった緑の布地にほどこされた金色の刺繍のデザインは、フィンランドの伝統的な模様だと思われますが、どこかLOVIのツリーの形を思い起こさせます。枝先の赤い部分はイチゴだと思い込んでいましたが、もしかすると松ぼっくりかもしれません。

この椅子は、1900年のパリ万国博覧会のフィンランドパビリオン内につくられた「イーリスの間」のために作られました。デザインを手がけたのは、画家のアクセリガレン=カレラ。当時のフィンランドのナショナル・ロマンティシズム運動の牽引する芸術家のひとりでした。

建築家であるサーリネンがのちに椅子や家具のデザインを手がけるようになったのは、画家でありながら、本の挿絵やデザイン、さらには椅子やリュイユ(Ryijy:フィンランドの伝統的なラグ)なども手がけていたガッレン=カッレラというお手本がいたからなのかもしれません。


Arm Chair|アームチェア

次に登場するのは、革張りのアームチェア(1905-1906年)。背もたれと座面に薄いウグイス色の革が張られています。がっしりとしたこの椅子はとても使い込まれていて時代を感じさせます。前脚(というのでしょうか?)のねじれた杖のような木の加工が特徴的です。

このアームチェアは、ゲセリウス・リンドグレン・サーリネンの3人によって、ヘルシンキから25キロほど離れた湖のほとりに建てられたアトリエ兼住居「Hvitträsk(ヴィトレスク)」のリヴィングルームに置かれていました。背もたれの部分にくっきりと跡が残っているのを見ると、煮詰まってスタジオから出てきたサーリネンが、この椅子に何時間も腰かけながら建築のアイデアを練っていた様子が目に浮かんでくるようです。


Chair with Backrest|寝室の椅子

白くペイントされたこの寝室の椅子(1902-1903)は、丸い背の部分と座面に抹茶色のテキスタイルが張られています。同色の白いナイトテーブルもあり、いずれもサーリネンの寝室に置かれていました。ひと目みた瞬間、背の高い背もたれから時計台をイメージしたのですが、一体なにをモチーフにして作られたのでしょうか。上から見ると台形(変形六角形)の箱のような座面が背もたれに比べて大きく、深く腰かけられるようです。

ヴィトレスクには、それぞれ3人の家族のための住居もありました。サーリネン邸には、椅子だけでなく彼がデザインした燭台やグラス、そのほか多くの家具があります。一方、ゲセリウスやリンドグレンの家はどんな様子だったのでしょう。きっとそれぞれの性格が、家具やインテリアに表れているのではないでしょうか。やはり一度はヴィトレスク(現在は博物館)を訪れてみたいです。


Koti|コティ

サーフボードのような形の大きな木の背もたれには、太陽をモチーフにした細かい彫刻がほどこされています。ベロア生地の座面がふっくらとして柔らかそうです。とても手の込んだこの椅子は「コティ(ホーム、家:1897年)」と名付けられた家具一式のデザインのうちのひとつで、フィンランド手工芸協会が主催したコンテスト(1896年)で優勝しました。まだ学生であったサーリネンも当時の芸術家たちと同様に、フィンランドの伝統的な意匠を受け継いでいたようです。

サーリネンは、家具以外にもテーブルクロスやクッション、カーテンなどのテキスタイルのデザインを手がけています。フィンランドデザインをイメージするとき、現代の感覚ではシンプルで大胆なものという印象がありますが、アーツ・アンド・クラフツの影響とカレワラなど伝統的なフィンランドのデザインとを融合しながら、空間や動きを意識したサーリネンのデザインはとても独特で、そこに表れている彼の素朴さをとても好ましく感じます。

また、会場にはサーリネンによる多くの水彩によるパース(透視図)が展示されていました。水彩画の技術については、スウェーデンの画家ルイス・スパッレから学びました(ちなみにルイス・スパッレは、ガッレン=カッレラのカレリア地方への絵画旅行に同行したり、ポルヴォーに家具・陶器工場「イリス」を設立した人物です。20年ほどフィンランドで暮らし、101歳まで生きたそうです。フィンランド初のフィクション映画『Salaviinanpolttajat|The Moonshiners(1907年)』の監督も)。サーリネンの水彩画は、カラフルでありながらおだやかで優しい印象もあり、とても素晴らしかったのでぜひ注目してみてください。


Heart Chair|ハートモチーフの椅子

八角形の座面に、同じ形の背もたれと脚となる3枚の板。それぞれの板は細長いハート型の模様が切り抜かれています。すべて木製です。このハートモチーフの椅子(1908年)はサーリネンが設計したヘルシンキ中央駅のために作られたもので、そのほかに駅のレストランの椅子やテーブルなどもデザインしています。

100年以上も前に建てられたヘルシンキの駅舎がいまもこうして使われているのをサーリネンが知ったらどんなに喜ぶでしょうか。そして、彼のこの代表的な建築をどれだけの人たちが利用してきたのでしょうか。いつかまたヘルシンキを訪れたときにこの駅舎が残っていたとしたら、きっと誰もがヘルシンキに帰って来れたとうれしくなるに違いありません。


Tulip Chair|チューリップチェア

サーリネン展の最後の部屋にあるのが、白いFRP(繊維強化プラスチック)とアルミ製の椅子。座面は赤い布張りです。デザインしたのは、エーロ・サーリネン。その形からチューリップチェア(1957年)と呼ばれています。身体を包み込むような流線型のシンプルなデザインは、フィンランドデザインという枠を超えて、普遍的なデザインといえるのではないでしょうか。

ヘルシンキの都市計画やフィンランド国会議事堂、カレワラ会館など、どれも計画案のみで実現はされませんでしたが、シカゴ・トリビューン本社ビルの計画案で賞金を得たエリエル・サーリネンは家族とともにアメリカへ移住します。その後、クランブルック美術アカデミーの校長に就任し、イームズ夫妻や息子エーロなど多くの後進を育てました。


展覧会を見終わって、フィンランドの代表的な建築家であるアルヴァ・アアルトのことを考えていました。建築だけでなく、家具デザインから都市計画、海外まで活躍の場を広げていったアアルトの歩みは、まるでサーリネンの背中を追いかけていたかのようです。実際にサーリネンに憧れていたアアルトは、こんな言葉を残しています。

その建築ドローイングは私に決して消えることのない印象を残した。それからずっと、エリエル・サーリネンの作品は私にとって特別なものになった ── アルヴァ・アアルト(1946年)

サーリネンの建築というだけでなく、カレワラやパリ万国博覧会をはじめ当時のフィンランドの文化や歴史などを追体験できる貴重な機会だと思います。サーリネンの椅子を眺めながら、より深くフィンランドを感じてみてはいかがでしょうか。

▽ 展覧会についての紹介記事はこちら

text + photo : harada