昼休み、校舎の屋上へつづく階段の隅。イヤフォンから流れるのは、ピストルズ、ダムド、ラモーンズ、ジョニー・サンダース。反抗でも怒りでもなく、不器用な自分をもてあまして、パンク・ミュージックに逃げ込んでいた。 アール・ブリュット/アウトサイダー・アートにどこか苦手意識や引け目を感じていたのは、それを観てわかったフリをしてるだけ、ただのポーズなんじゃないかと問われている気持ちになるから。
映画『The Punk Syndrome』のなかで、ギタリストのペルッティが「パンクなんてクズの音楽だ、全部捨ててやる」と息巻く。ひと文字ひと文字、刻みつけるように書く日記。自分の作った曲のリフを弾けずにくじけるバンド練習。ままならない自分自身への怒り。その姿を見たとき、ああ、なにも変わらない、同じだとおもった。いや、彼らの方がずっと正直でまっすぐだった。壁をつくっていたのはやっぱり自分の方だった。
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2025年11月30日、渋谷のユーロスペースで「Outsider Art Festival」映画上映会が開催されました。Pertin Valinta、Outsider Art Festival、ヘラルボニー、フィンランドセンターの主催によるフィンランドのアウトサイダー・アートを紹介する展覧会「IMAGINE EVERYDAY! Outsider Art Finland」の関連イベントです。映画を観るにあたって、さきに展示を観ておこうとおもい、今年3月にオープンしたHERALBONY LABORATORY GINZA Galleryを訪れました。

これまでにもニューヨーク、パリ、ロンドン、ベルリンといった都市でポップアップイベントを開催してきたというOutsider Art Festival。今回の東京では、カレヴィ・ヘルヴェッティ(Kalevi Helvetti)とマイマ・タニ(Maima Tani)のアート作品、そしてパンクバンドPertti Kurikan Nimipäivät(ペルッティ・クリッカの名前の日!)によるインスタレーションを展示しています。
ショーウィンドウの外からも目を惹く、マイマさんが2年かけて制作されたというニットのドレス。全身が珊瑚やヒトデ、カラフルな海の生きものに包まれています。奥にはクラゲやオウムガイなどを編んだ作品も。ディテールへのこだわりをつよく感じました。
カレヴィさんの作品は有名ミュージシャンたちを描いたポートレイト。となりの壁にはドラキュラに扮したカレヴィさんの映る動画が流れていました。よく見ると誰かに似ています。そう彼はPertti Kurikan Nimipäivätのギタリスト、ペルッティ・クリッカの別人格。

2階にも展示があると聞いて、階段をのぼっていくと、奥の部屋からフィンランド語が聞こえてきました。そこに並んでいたのは、Pertti Kurikan Nimipäivätの活動記録や記念の品々。レコードやCD、作詞に使っていたタイプライター、 ライブのポスターにステージパス、ステージ衣装、演奏動画なども観ることができます。2009年から2016年まで活動していたバンドは、エンマガーラやユーロヴィジョンに出演、国内外のツアーも数多く行ったといいます。
へラルボニーのスタッフのかたにお聞きしたところ、今回のコラボレーションのきっかけは、2024年に設立された「HERALBONY Art Prize」に、マイマ・タニさんが出品されていたこと、そしてパリで展示会を行った際、Pertin Valinta(バンドのメンバーによって設立された団体でOutsider Art Festivalなどを運営)の活動を知ったことからだそうです。
昨今、注目をあつめているへラルボニーについてはご存じのかたも多いとおもいますが、知的障害者の持続可能なビジネスモデルを目指す先駆けがフィンランドに存在していたことは驚くべきことではないでしょうか。もうひとつ驚いたのが、展示会についてぜひ紹介してくださいといわれたことです。
それは、どんなにちいさなきっかけだとしても、まず彼らの活動や現状を知ってもらうことのたいせつさを考えているからなのではないかとおもいました。

映画イベントのオープニングあいさつは、バンドのベーシストだったサミ・ヘッレ(Sami Helle)さん。現在はOutsider Art Festivalの中心メンバーとしても活躍されています。上映後のインタビューで、「(映画で)ペルッティさんにあんな酷いことをいってたかな」と笑いをさそっていました。バンドのマネージャーとして出演もしていたカッレ・パヤマーさんから「いや、あれは映画のなかのことだから」とフォローも。
今回上映された作品は、マイマさんと姉のサトゥ・タニさんによる『Breathing reef』『The Decomposition』、カレヴィさんとカッレさんによる『The Boxer』『The Plague of New York』という短編映画4本、そして2012年に制作されたドキュメンタリー映画『The Punk Syndrome』。

マイマさんとサトゥさんの短編映画には、マイマさんのニット作品ももちろん登場します。自然環境に警鐘を鳴らす、社会派のおとぎ話のような2作品でした。質疑応答中もマイペースに、かぎ針をうごかし続けていたマイマさん。写真をおねがいすると笑顔でOKしてくれました。
そして質疑応答がおわると、ひとりの男の子が舞台に呼び込まれました。『The Punk Syndrome』のなかで、マネージャー、カッレさんの子どもの誕生をメンバーみんなで喜ぶシーンがあったのですが、まさにその本人でした。
イベントのはじまる前から、カレヴィさんの横にすわって、話しかけたり、お菓子を分け合ったりしていたので、じつはずっと気になっていました。バンドが解散しても、こうして映画のつづきが現実にあること、家族のような関係が続いていることに感激してしまいました。
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今回彼らの映画や作品を観ておもったのは、わからなくてもいいということ、好きとかきらいとか素直に言ってもいいということ。たとえちがうところがあったとしても、よろこびもかなしみも怒りも悩みも同じであること。知ることは相手を理解することだけでなく、自分を自由にすることなのかもしれないと気づきました。
ご都合のつく方は会場のHERALBONY LABORATORY GINZA Galleryへ。ちょっとむずかしいという方はOutsider Art Festivalウェブサイトの「Online Stage」をぜひご覧になってみてください。

IMAGINE EVERYDAY! Outsider Art Finland
2025年11月29日〜12月26日
HERALBONY LABORATORY GINZA
東京都中央区銀座2-5−16 銀冨ビル1F
11:00-19:00
火曜定休(祝日の場合、翌日)
text + photo : harada
benny sings – everything i know


