Didrichsen|Delfiini

Aakkosetとは、フィンランド語でアルファベットのこと ──。


Moiのスタッフがそれぞれ思いつくまま自由に選んだフィンランドのことばから、ささやかな日常の風景をお届けします。

今回のアルファベットは【D】です。


ちいさな奇蹟

ディドリクセンは、ヘルシンキにもほど近いクーシサーリという島にある美しい美術館です。島といっても、橋で結ばれているので自動車で行くことができます。

ぼくがディドリクセンを訪れたのはいまから10年以上も前のこと。ヴィルヨ・レベルという建築家について調べているとき、彼が設計した邸宅が美術館として公開されていると知ったのでした。しかも、コレクションには20点ものヘレン・シャルフベックの絵画が含まれるという話。

これはなんとしても行かねば!!! とはいえ、クーシサーリへは路線バスでしか行けません。観光客が気軽に行くには少しばかりハードルが高い。躊躇していると、運よく現地在住の知人が車を出してくれることになったのでした。

ところで、デンマーク人の実業家グンナール・ディドリクセンとスウェーデン系フィンランド人の妻マリ=ルイーズがこの「ヴィラ・ディドリクセン」を建てたのは1958年のこと。豊かな自然の中、お気に入りの絵画や彫刻に囲まれて暮らす家。そんな家を求めたのは、ふたりが蒐集家である以前になにより美術愛好家であったからかもしれません。アアルトが設計した「マイレア邸」やデンマークの「ルイジアナ美術館」をお手本に、ふたりは「ディドリクセン」で遂にその夢を叶えます。

その日、「ディドリクセン」は6月の雨の中、静かに佇んでいました。手入れの行き届いた庭にはヘンリー・ムーアの手になる彫刻が置かれ、トウヒの木立のすきまからは白く霞んだ海が見渡されます。

室内に飾られた美術作品のひとつひとつはそのどれを取っても素晴らしく価値のあるものですが、ふしぎと家の空間に溶け込んでこちらに声高に叫んでくることがありません。作品の印象が残らないことにぼくは驚き、すこしばかり困惑しました。

仮に「美術館」が「美術を鑑賞するための場所」だとしたならば、あるいはここ「ディドリクセン」は、美術館ではないのではないか。便宜上「美術館」として紹介しながらも、けっして「ディドリクセン美術館」とぼくが書かないのはそのためです。

ディドリクセンは、こういう言い方ができるなら、世界でたったひとつの「ディドリクセン」という場所なのです。たとえそこが「美術館」ではなかったとしても、いや、だからこそ一度は訪ねてほしいとぼくは思います。この世界の片隅に、「ディドリクセン」ほど美しく調和のとれた場所がいまもひっそりと佇んでいること、そのこと自体すでにちいさな奇蹟だからです。

Dedrichsen = ディドリクセン
text : iwama


海を知る

好きな海の生き物はなんですか。あれ?どこかで聞いたことがあるような。

アシカやペンギン、サンゴにクラゲ、タイやヒラメの・・・・(ん、竜宮城?)、たくさんの生き物がいる中で選ぶとしたら、やはりイルカでしょうか。人懐っこくて安心できます、その上かわいらしい。ですが、海にはどこに危険が潜んでいるかわかりません、とにかく謎が多すぎます。

先日『ユーラシア動物紀行』という動物地理学の本を読みました。フィンランドからシベリア、日本まで動物がどのように進化・分布してきたかについて、ユーラシア大陸を旅しながら綴られた一冊です。研究によると北海道とフィンランドの間には多くの共通種が見られるそうです。ヒグマやキタリス、アカギツネ、そして日本では絶滅してしまったオオカミ。

かつて、ベーリング海にステラーカイギュウという哺乳類がいたことはご存知でしょうか。ジュゴンなどの仲間で、体長7メートル超、体重は5トンもあったそうです。世界的にも貴重なステラーカイギュウの全身骨格標本は、フィンランド国立自然史博物館に展示されています。2006年には多摩川(東京都狛江市)の川床から130万年前の化石が見つかりました(なんと、日本近海でも暮らしていたようです)。

1741年、ロシアの調査隊に発見されたステラーカイギュウは、その優しい性格ゆえにハンターなどによって乱獲の対象となり、1768年頃には絶滅してしまいました。もしかすると、海の動物たちにとっていちばん危険なのはヒトなのかもしれません。一方、海やそこで暮らす動物のことを知らないからこそ、恐れのあまり攻撃的になってしまう側面もあるでしょうか。

海のことをもっと知りたい。そして、その海にいつまでもイルカたちがいてくれたら、と思うのです。

参考:National Geographic国立科学博物館,『ユーラシア動物紀行』増田隆一著(岩波新書)

Delfiini = イルカ
text : harada